2013年9月30日月曜日

学校の先生が診察に来られるとき

クリニックに学校の先生から「~くんのことについてお聞きしたい」、「~さんへの対処法を教えてほしい」という電話があることが多々あります。生徒さんが通院されてる医療機関にまで電話して状態が知りたいというのは先生もかなり困っていて、何とかしたいという気持ちの表れであると思います。

お気持ちはすごく伝わってくるのですが、まずご本人やご家族の同意がない状態で、電話で患者さんのお話をすることはできません。なので、僕はご本人、あるいは保護者の方と一緒に来ていただいて、限られた時間ではありますが、その日は先生の疑問、気になるところを中心にお話をお聴きし、診察時間の中でできるだけのことはお話しするようにしています。

診察室の中で本人やご家族から聞ける情報は確かに限られています。そこに学校や職場、社会的な場所で患者さん本人と接している人の情報は貴重です。情報が多ければそれでいいというわけではありませんが、より正確な情報が少しでも多くあれば、その人の生活が見えて、治療しやすくなることは間違いないと思っています。

2013年9月27日金曜日

かんしゃくを起こす子は発達障害?

「かんしゃくをおこして大変なんです。発達障害なのでしょうか?」、「気に入らないことがあると大騒ぎするんです。ADHDなんでしょうか?」

児童精神科外来でよく聞かれる質問です。

確かに発達障害の子どもたちは刺激に敏感で、注意しても内容が本人に伝わりにくく、同じ間違いを繰り返し、ストレスがかかるとどうしていいかわからず騒ぎます。ただ、これらの訴えで来られた子たちの中で、実際に典型的な発達障害で、本人への特別な対応(たとえば周囲からの刺激を減らす、絵を見ながら説明するなど)を考えないといけない場合はそれほど多くはありません。むしろ、知能が高く、状況をよく把握して、大騒ぎしていることが多いが僕の印象です。

「個性を大切にしましょう」、「自主性が大切です」、「教え込むのではなく、自発的に」という言葉が実際に幼稚園や保育園ではよく語られ、テレビで専門家と称する人たちがそんなことを話します。僕は子どもとは真っ白な何のルールも備わっていない本能の塊だと思っています。お腹がすけば泣き、気に入らないと騒ぎ、おいしいと思えばそれをずっと食べ、楽しいと思うゲームはずっとしてしまいます。そんな真っ白な子どもにどうやってルールを教えるかです。ルールが理解できると、子どもたちは自分でブレーキがかけられるようになります。僕たち大人も社会的なルールがあるから、自分でブレーキをかけられるわけです。

子どもの自主性とはルールがあっての自主性です。そこにルールがなければ、子どもの自主性という名のもとに、子どもに好きにさせているだけです。それは放置です。いいこと、悪いことの区別をあいまいにしてはいけません。それを注意することは親としてエネルギーがいりますし、注意して子どもが泣くと、それを見ていられない親がいます。一言でいえば、「子どもに我慢を教える」ということです。以前にも書きましたが、公共の場で子どもが騒いでいて、許せるのは親だけです(親でも中高校生になって家で騒いだら許せなくなります)。周囲の他人はその子をかわいいとは思いません。親にだけかわいいと思われる子は社会では通用しません。社会に愛してもらう子に育てなくてはいけないのです。

発達障害であるかを心配する前に社会で生きていく上での基本的な善悪のルールを子どもにしっかり伝えて、それができた時にはしっかりほめて、できていない時にしっかり叱っているのかを確認していただきたいと思います。発達障害という言葉が流行しすぎて、「いうことを聞かないで騒ぐ子=発達障害」という構図ができているように感じます。たとえ、発達障害であったとしても、ルールを伝えるということは同じです。その伝え方にさきほど挙げたような工夫が必要だという違いだけです。

ルールの伝え方はその子の性格、発達障害の有無、親の考え、環境などで様々でしょう。言い聞かせるだけでできる子、きつく叱らないとできない子、ほめればできる子、場合によっては叩くことも必要でしょう。要はその子に合ったルールを伝える方法を考えることが重要であるということです。そのためにはまずは本人の状況をよくよく観察してください(ここにヒントがあります)。そしてご家庭で工夫されて、それでも難しいときは子どもに関わる機関(子ども家庭センター、児童精神科など)に相談されることをお勧めします。

2013年9月25日水曜日

子どもとの遊び方がわからない

「子どもとの遊び方がわからないんです」

診察室でこんな言葉をお聞きすることがあります。小さなわが子を前にして、家で一人で悩んでいるお母さんがいます。おもちゃや教材を山のように買って、「さあ、遊びなさい」と言わんばかりに子どもの前に広げて、横で見ているだけのお母さんに出会います。こんなときはどうすればいいのでしょうか?僕自身、3人の子どもを育てながら感じたことから考えてみたいと思います。

一番大切なことは親の視線ではなく、子どもの視線で遊ぶことです。

たとえば、積み木で遊ぶとします。その時に積み木で何かを作って見せたいという気持ちが大人はわいてくるかもしれません。でも子どもは積み木を見て、触って、積み上げて、壊してという段階を好みます。このときに一緒に子どもとそれをすればいいわけです。子どもは壊すことが好きなので、壊すようにもっていってください。

次に子どもの興味に従って遊ぶことです。

絵本の読み聞かせも、公園の遊具も、子どもの視線に合わせてこちらが動いて、親が笑顔で一緒に楽しんでるふりをすれば、子どもはその遊びが楽しくなります。子どもが笑えば一緒に笑えばいいのです。子どもが遊び方がわからず興味を示さなかったり、積み木やブロックなどで何かを作ることを教えたいときは、それを実際に作って、興味を示すのかを見てください。少しだけ先に進んでそれを見せてあげてください。その遊びに興味を示さない時は無理はせず、次の機会に試してみます。

初めから子どもとの遊び方を知っている親はほとんどいません。こんな僕も昔、絵本の読み聞かせをしていて、ただ単に読み聞かせていたら、妻に「そんな風に読んでもだめ。おもしろそうに読まないと子どもが興味を示すわけがないよ」と怒られたことがあります。みんな子どもを産んで、育てながら模索するわけです。なので、最初から「ちゃんと遊ばせないと」、「楽しませてないと」と悩む必要はありません。子どもの視線で子どもの興味に合わせて、こちらが動いて、一緒に楽しんでる笑顔を子どもに見せてあげれば、子どもはお母さんと遊ぶことが好きになります。一緒に遊ぶというのは子どもと母の愛着形成においては非常に重要です。できるだけ遊んであげてください。そうすればお母さんも子どもとの遊び方がどんどん上手になります。

2013年9月23日月曜日

治療は医者と患者の共同作業

人はおいしいものが食べたいと、レストランに行きます。
人は体や心の不調があると、病院に行きます。

この2つの違いは何でしょうか?

この2つの違いはレストランに行っておいしいものを食べるのはただ箸やフォークで食べることさえできればクライアントは努力が必要ないのに対し、病院で病気や症状をよくするためにはクライアントの努力が必要だということです。

それができない例として
・糖尿病の人が病院に通いながらも暴飲暴食をやめない。
・脳梗塞で手足が不自由になった人がリハビリをしない。
・外科で素晴らしい手術を受けたはずなのにタバコをやめない。
・内科で薬をもらったはずなのに、薬を飲まない。
・精神科で規則正しい生活をするように言われたのにしない。

例を挙げれば枚挙にいとまがありません。

児童精神科外来でも同様です。病院に来て、
① 親が子どもに「さあ、ここでは何を話してもいいから、思ったことを全部話しなさい」
② この子に「薬を出してください」
③ 「暴れるこの子を何とかしてください」。

病院での治療は「ただ物を買って終わり」というところではありません(ここが小売店と病院の大きな違いです)。診察室の中で子どもが思いを話した、薬を出した、暴れる子への対応を伝えたから終わりではありません。
たとえば①ならご家庭でその子の思いを話せるような環境を作ろうと努力されますか?②なら薬はちゃんと飲む、あるいは子どもが飲むように管理してもらえますか?③暴れる子への対応はご家庭で大変な部分がありますが、こちらが話した通り実践していただけますか?

つまり、治療は医者が一人で診察室の中でいくらお話を聴いたり話をしても、ご家庭で努力してもらわないとよくならないということです。1回の診察室の短かな時間で何かをしたからといって、これまで長い間問題になってきたことがたちまちよくなるような魔法はありません。それには医者と患者さん、その周囲の人の努力や工夫、時間など多くのものが必要です。「熱が出て、解熱剤で終わり」というようなことは医療の世界では多くありません。内科、外科、精神科に関わらず、医者だけでなく、患者さんの努力が必要なわけです。これを僕は医者と患者の共同作業と呼んでいます。

僕は精神科や児童精神科に来られて、よくならなれるのはどんな場合かとこれまで考えてきました。それは
1.医者の技量が足りている場合
2.医者と患者さんのお互いの人としての相性が合う場合
3.医者、患者さん、その周囲の人が「一緒に」ひたむきに努力を続けている場合
だと思います。

みなさんがもし医療機関を受診される場合には「医者と一緒に治療をしていくのだ」という気持ちで受診されることを強くお勧めします。

2013年9月19日木曜日

伊那食品工業株式会社に見学に行ってきました


昨日は長野県にある伊那食品工業株式会社に経営のお話を聴きに行ってきました。この会社は寒天の会社です。なぜ寒天の会社に経営のお話を聴き入ったのかというと、1年くらい前のカンブリア宮殿でこの会社の塚越寛さんが経営のお話をされていたんです。それに感動して、ご著書を読ませていただき、実際のお話を聴きたいと思い、看護師の塩田と二人で日帰りで長野県伊那市に行ってきました。

そこで聴けたお話は

・最も大切なのはファンづくり。信頼できる商品を提供して、ファンを作る
・どういう会社にしたいのかの企業理念が大切
・ブームや急成長は敵。それらには流されない
・ゆっくり遠くを見て成長していく
・価格競争はせず、適正価格で商品を売る
・無理な成長はしない
・どうしたらお客さんに喜んでもらえるのかという姿勢を常に持つ
・どんどん良いものを取り入れていく
・社員の幸せが大切

カンブリア宮殿に出られる経営者の方々の共通点で「利益だけを追求しない」というのはあるのですが、そこにさらにファンづくりをする、ブームに流されない、社員を本当に大事にする、価格競争はしないというのはかなり印象的でした。村上龍さんが「今までで一番すごいかもしれない」というのは本当だなと思いました。

宋こどものこころ醫院もスタッフを大切にしながら、ゆっくり成長していけたらと思います。

それにしても9月の信州は森林がきれいで風が気持ちよくて最高でした!


2013年9月17日火曜日

仕事への誇り

医者以外の仕事をしている人たちによく言われることがあります。
「お医者さんっていいお仕事ですね、誇り高い仕事ですね」
そのたびに僕はぴんとこなくて、仕事への誇りって何かなって考えていました。僕は正直、それほど単に「医者」というだけで誇りが持てるとは思えませんでした。

そんな中、先日のプロフェッショナルでクリーニング屋さんの古田武さんを見ました。古田さんは若いころ、お客さんに洗濯物を届けたら「洗濯屋のくせに玄関から入るな」と言われるなど、クリーニング屋という仕事に誇りを持てなかったそうです。その後、古田さんの努力と素晴らしい出会いを通して、他のクリーニング屋さんではきれいにできない洋服をきれいにして、今ではお客さんだけでなく、全国のクリーニング屋さんからも仕事をお願いされるようになられました。むちゃくちゃ格好いいなと思いました。その古田さんのお言葉で「お客さんに喜んでもらえるから誇りが持てる」というのがありました。
医者という仕事だから誇りを持てるわけではないと思います。患者さんによくなってもらって、喜んでもらえるから誇りを持てるわけで、患者さんをよくできない医者がもし誇りを持っているとしたら、それは思い上がりでしょう。


僕自身、まだまだ医者という仕事を誇れるほど、患者さんに喜んでいただけているとは思えません。これから目の前の患者さん一人一人によくなってもらって、医者という仕事に誇りを持てるようになりたいです。

2013年9月15日日曜日

浪速生野病院で講演させていただきました


昨日は浪速生野病院の生野照子先生たちが主催されている子どもに関わる専門職のためのセミナーで心理士の先生、学校や保育園の先生を対象に講演させていただきました。これまで生野先生にはたくさんお世話になりながら、今回は講演の機会までいただき、本当にありがたいかぎりでした。講演は子どもの不適応行動への対応について応用行動分析の話をさせていただき、質問も多数いただいてありがたかったです。僕が児童精神科外来で出会う問題行動を起こしてしまう子どもたちは、もちろん学校や保育園の現場でもたくさんいます。今回の講演がその先生方の何かのお力になれたらうれしいです。一方で、まだまだプレゼンテーションの能力が低いなと反省するばかりでした。もっとわかりやすくおもしろいプレゼンをしていきたいです。そのために一つ一つの講演でしっかり準備して、大切にしていきたいです。講演会のあとに浪速生野病院の心身医療科のスタッフの方々と宋こどものこころ醫院のスタッフ(僕、看護師の塩田、心理士の咸)でビアガーデンで懇親会をしていただき、「一緒に連携していきましょう」というお言葉もいただけました。浪速生野病院のみなさま、本当にありがとうございました!

2013年9月13日金曜日

行動療法って

これまで何度となく、行動療法のことを書いてきたので、今日は行動療法って実際に何をしてるのかを書いてみたいと思います。

一番大切なのは患者さんの問題を「具体的にとる」というところです。丁寧に聴くということです。僕たち精神科医は患者さんに問診をしていく中でいろんなことを質問します。たとえば「やる気が出ない」と言えば、どんなときにやる気が出ないのか、何をしてる時ならやる気が出るのか、ご本人のいうやる気とはどんなものなのか。手洗いが止まらないのであれば、どんな時に手洗いをして、時間はどれくらいで、どんなときに短くなったり、長くなったりするのかなどを丁寧に聴いていきます。

つまり患者さんが言ったことをこちらは分かった気にならず、精一杯の想像力を働かせて、本当によくよく詳細を聴くということなんです。これに尽きるかもしれません。自戒をこめて言うと、患者さんに問診をして、「寝れない」といわれると「あー寝れないんだ」で片付けてしまうことがあります。でもそれは具体的じゃない。どんな布団で、明かりは消してるのか、一人なのか、何時に寝て、何時に起きてるのか、間に起きるのか、周囲は静かなのかなど、そこからいくらでも広がっていけるわけです。そしてここで問題になるのは診察時間の問題です。一つ一つを聴いていくとすごく時間がかかります。なので、僕は初診のときに極力たくさん聴いておいて、そこから自分の想像力でどんどん質問の幅を狭めていきます(でも再診を重ねていく必要はもちろんあります)。そうすると診察が進めば進むほど、こちらからの質問の数が減るわけです。具体的に患者さんの症状について知っていくと、こちらの想像力で「こんな風にしたらどう?」みたいにその中に治療の糸口が見えてきます。またどんな時に症状が軽くなったり、重くなったりするのか。その軽くなる時間帯を少しずつ伸ばしていくようにお話しすることが多い気がします。

わかったつもりにならない。これは本当に気をつけなければなりません。自分以外の人のことをそんなに簡単に理解できるわけがありません。1回の診察時間は限られているので、すぐに結果を出せるわけではありませんが、1回1回の診察で徐々に患者さんの状態を把握し、治療をしやすくしていきます。

山上先生がよくおっしゃいます。「その人が街を歩いてるときにどんな表情で歩いているのかを想像できるくらいまでその人のことを理解する」と。

僕が目指しているのは丁寧な問診と自分の想像力でその人の生活が映像で見えるくらいまでになることです。さらに言えば、その人が普段どんなことを思って、どんな風にこの世界を見ているのか。それを知ることができれば、かなりのところまで治療できるのではないかと考えています。


2013年9月11日水曜日

昨日は福岡に行ってきました

僕は行動療法の山上敏子先生にご指導いただくために2か月に1回は福岡に行きます。ちなみに山上敏子先生は行動療法をアメリカから日本に持ってこられた行動療法の第一人者の先生なんです(行動療法の詳しいお話は後日しますね)

昨日もクリニックをお休みにして、行ってきました。去年の春から行かせていただいて1年半が経ち、今は日帰りの福岡にも慣れてきました。

精神科医をしていると、個室という空間の中で患者さんと自分だけで診察をすることがほとんどです。多くてもそれにご家族くらいでしょうか。すごく限られた中で、はっきり言って、独りよがりな診療になりがちです。そうならないように精神科医たちは学会、研究会、仲間内のカンファレンスなどで勉強します。もちろん、僕もそういう場に参加しますが、こと行動療法の考え方はどこでも教えてもらえるわけではありません。今、自分が治療で悩んでいる患者さんのことを山上先生に相談させていただき、ご意見をもらいます。それが治療のヒントになることが多くあります。

もう一つ何よりも大きいのは山上先生がどのようにして行動療法を使って診療されているのかを直接見ることができることです。これは僕の考えですが、本を読んですごいなと心から思えた人(仕事の本に限らず)にはできるだけ直接お会いするようにしています。それは本で言われてることと、実際にお話をお聴きするのとでは自分の中に入ってくるときにやはり違うと思うからです。活字を通して学べる部分もありますが、実際に見るとさらに深く理解できます。

もちろん、昨日学んだことも、明日からの診療に生かしていきます。

2013年9月8日日曜日

傷のないダイアモンドはない

地球上で最も硬いといわれているダイアモンド。しかし傷のないダイアモンドはないそうです。どんなに硬いダイアモンドも必ず傷がある。

人の心も同じような気がします。どんなに心の強い人でも、どんなに元気そうな人でも、僕はみんな心に傷を抱えて生きていると思っています。逆に言えば、まったく心が健康な人って、この世にいないのではないでしょうか?

自分は「うつかな?、頭がおかしいんじゃないかな?」と思うこと、ないですか?

でもこういうことってなかなか人には相談できずに、みなさん、自分一人で考えているようです。僕は診察の中でこのような内容のことを患者さんが吐露されたときは「心がまったく健康な人っていません。みんな何かしらの傷や問題を抱えていると思いますよ。そうやって自分のことを振り返られてるということは健康な部分がしっかり残っていることですから、いいことです。」と説明しています。

僕はすべての人は健康な心と不健康な心を併せ持っていると思います。それが正常。ただ、そのバランスが大切です。不健康な心の割合が健康な心より大きくなってきたときに、心の病になるのではないかと考えます。ご自身や家族、周囲の人たちで、対処しながらなんとか健康な心の大きさを維持するのがベストです。ただ、それが難しくなってきたときには、心療内科や精神科がお役に立てればと思います。

2013年9月5日木曜日

東洋医学の立場から

宋こどものこころ醫院では毎週木曜日の午前と午後、漢方薬と鍼灸による治療を僕の父にしてもらっています。僕としては自分が今まで勉強してきた治療以外に東洋医学という大きな選択肢を持てることは心強いです。なので、当院では僕がまずは診察させていただいて、東洋医学の治療の必要性を感じたときは、そちらもおすすめしています。

その父から患者さんへのメッセージです。

・膝や腰の痛みなら、鍼灸治療を数回行えば、効果の有無がはっきりとわかります。でも心の病はせめて4-5回は治療させてください。漢方薬なら2-4週間は治療させてほしいです。

・人は骨折をするとすぐに病院に行きますが、心にひびが入ったり、心が骨折したときはすぐには 気付きにくいようです。そのときの目安として「寝にくい、寝れない(不眠)」という症状があると思い ます。逆に寝れるようになってくると、心の病から解放されることが多いようです。

2013年9月2日月曜日

やっぱり「親子」で治療がしたい

僕はまだ医者になって10年余りですが、小児科、精神科、児童精神科とずっと子どもたちに関わってきました。その中で子どもの治療には家族全体の治療が不可欠であることはずっと感じていました。それで開業すると決めた時に、「親子で治療する」というのをクリニックのコンセプトにしたいと思いました。

開業してまだ1か月足らずですが、少しずつ子どもたちだけなく、そのお父さんやお母さんも「一緒に治療を受けたい」という方に来ていただいています。正直、お父さんやお母さんにお会いする中で、一緒に治療を受けてもらえたらなと思うことが時にあります。でも、こちらから「受診してください」とはなかなか言いにくいものです。なので子どもさんの治療の中で実は少しお父さんやお母さんの治療もしているつもりです。ただ一人への診察時間というのは限られています。なので、お父さんやお母さんの診察時間を別でしっかり取りたいのです。

ホームページの中でも触れていますが、子どもの健康にお父さんやお母さん、家族の健康が大きな影響を与えることは間違いないと思います。もちろん、その逆もです。

日本において心療内科や精神科という響きは今もってハードルとして低いとは思いません。しかし大切なお子さんを健康にするために、親である自分が健康であるということは大切です。親として子どものために辛いことも我慢するという犠牲の気持ちはもちろん理解できます。でも我慢しすぎて、ハッと気が付いた時にはすでに子どもに当たっていたというご経験をされた方は多いのではないでしょうか?親御さん自身が辛いなと感じられたときは、「わが子のために」という気持ちをもって受診していただければと思います。

「親子で治療する」

これが宋こどものこころ醫院のコンセプトです。