2014年3月4日火曜日

自分のことをわかってほしい

人は誰しも自分のことをわかってほしいと思っているものです。自分はこんなにがんばってきた、こんなに辛い、こんなに幸せなんだと自分が感じていることに対して共感を求めたくなる。これは人として至極当然の感情でしょう。だから人は他人の話を聴くのが苦手だったり、ついつい話すぎてしまうわけです。今、FacebookやTwitterが流行るのは自分のことをわかってほしいという人の心理をうまくついたものでしょう。

当たり前ですが、外来にも自分のことをわかってほしいという方が大勢来られます。そのわかってほしいという気持ちが強すぎて、社会でうまくいかないこともあります。人間なら誰しも持っているとはいえ、多くの場合、話題や相手を見ながら、それを自制しながら生きています。それが自制できないくらいの理由があるのだろうと僕は考えてきました。

どうしてこんなにも自分をわかってほしいというのが全面に出てしまうのか。その理由を考えた時、それまでのその人の人生の中で自分のことをわかってくれたという経験があまりにも乏しいからなのではないかと考えました。そのわかってもらう経験ができる最も大きな対象は親でしょう。子どものころに自分なりの何か辛い体験をしたときに親にわかってもらえるのかが、大きな分かれ道な気がします。基本的に子どもたちは親にわかってもらえると信じています。そこでわかってもらえないことが重なっていくと、他にわかってもらえる対象を探すようになり、それが友達、学校の先生、親せきの人など身近な人になっていく。それでも難しいと、自分の心を守るために誰に対しても他罰的にならざるを得なくなり、それをしたあとに自己嫌悪に陥り、自傷的にもなるのでしょう。

幼いころから、わかってもらえているという経験をさせてあげることが大人になって社会で生きていくには必要なのだと思います。ただ、わかろうとしすぎて子どもの言うことをすべて聞いてしまったり、親子間でルールがなくなってしまうことだけは避けたいですね。

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