2015年6月14日日曜日

どう対応していいかわからないから疲れる

精神科医以外の人とお会いして仕事の話になると「人の話を1日中聴いてると、疲れるでしょう」とこんなやさしい声をかけていただけることがあります。でも、僕としてはこのやさしいお言葉で、人の話を聴くということで自分は疲れているのだろうかという違和感がありました。

みなさんも、日常的に人の相談を受けるということがあると思います。相談を受けた後に、ぐっと疲れませんか?一生懸命に聴けば聴くほど疲れは大きい。これはなぜでしょうか?

今の現時点の僕の答えはこうです。それは人の話を聴くこと自体が疲れるのではなく、その相談内容に対してどう対応していいのかわからないから疲れるのです。人と楽しい話だけをしているときはほとんど疲れません。でも一般的に人は相談を受けると、それを解決策を考えて欲しいというメッセージだと受け取り、その解決策を一生懸命に考えます。そのときのエネルギー消費が大きいわけです。少し蛇足ですが、実際は相談している側は解決策を求めていない、ただ聴いてほしいのだという場合もあります。これは女性が男性に相談事をする場合によくテーマになる部分ですね。そこはしっかりとその人のニーズをこちらがキャッチしなくてはいけません。

相談を聴いて、その対応を考える場合、大きく分けて2つのパターンがあります。どうしたらいいのかがだいたい見える場合、全然何も思いつかず内心どうしていいのかわからない場合。当たり前ですね。答えが見えるか見えないかということです。前者の場合は相談されてもそれほど疲れません。でも後者の場合はすごく疲れます。つまり、話を聴くことが疲れるのではなく、自分がどうしていいのかわからないともがく時間が疲れを生むわけです。それでいくと、対応が浮かんで、それが相手に入れば、疲れない。そう考えると、僕は相談を受けることが生業ですので、自分が相談を聴いたときに、疲れないため、いわば楽をするために勉強する。やりがい、好奇心など少し無理をして(これも本当なので)挙げようとすればいくらでもありますが、僕が勉強する究極の理由はそれです。改めて、所詮自分はそんな程度なんだと我に返ります。かなり自分に正直な僕をお許しください(笑)

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