2016年6月11日土曜日

人が治るのをただそばで見ているだけなのかも

一人の人であれ、家族であれ、会社などの組織であれ、日々いろんな問題が起こります。でもその時、そこにいる人たちが自分の力や周囲の協力、あるいは偶然の出来事によって多くの問題は解決します。それらの努力のもとにそれでも問題が解決しない場合に、いろんな相談機関に相談に行くことになると思います。その一つに医療機関があり、そこで僕はお話をお聴きします。

患者さんたちを見ていて、何らかの問題が解決する人たちの中には大きく3つの種類があると感じています。①まったく偶然の出来事によるもの、②それまでにはなかった周囲の人たちの関わり、そして最後に③僕たちの介入(治療)です。最近、僕は自分が診せてもらった患者さんの振り返りをしています。その中で明らかに自分の介入によってよくなるものもあります。

ところがその考えが少しずつ変わってきました。少し前までは「僕がなんとかしてやる」と思いが大きかったのですが、最近は僕の前に現れた方々が治るのをただそばで見ているだけという気がしてきました。でもそれはよく考えてみると当たり前です。その人の生活の中で僕が知っている範囲は限られているし、関与できる範囲も限られている、もちろん未来も予測できない。治療者としてすごく不遜な考えだったと思います。大きなその人の人生の中で、治療者はその人にとって小さな基点になるくらいがせいぜいだと思うほうが自然なのかもしれません。そう思うことで僕たち治療者にとっても肩の力を抜いて治療に臨める。こんなことを感じました。


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