これは意見が分かれるところかなと思います。
たくさんの人に評価されるということは、その評価のされかたの内訳が分かれるので、自分の意図と違う形で評価されるものも含まれます。そこで、まあ評価されたしいいかって通り過ぎて、とにかく満足できる人もいます。だからSNSは成り立ちます。でも、自分の意図と違った評価のされかたは本当の意味で自分の気持ちを満たしてくれるかと言えば、疑問です。
自分の意図を汲んで理解してくれている人の存在はとびきりうれしいものです。だからなんらかの共通点を持った人たちの集まりが成り立ちます。でも、自分の意図をわかってくれる人に出会えることはそんなに多くありません。
実際のところ、自分の意図を理解してくれる人に出会えることは多くないので、その間を多少意図がずれていても評価してくれている人で満たすのかもしれない。それでいいのかもしれない。そんなことを考えてみました。
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