2014年8月27日水曜日

物事がうまくいくのは自分の努力というよりも運がいいから

落語家の立川談春さんが30周年の節目にドラマの仕事をもらったそうです。それに対して「自分は本当に運に恵まれた男です。その運は努力してつかんだもんじゃないですね。与えられた幸運の量だけこれからがんばらなくちゃと思えるようになりました。これは僕の中ではとてつもない成長だし、変化だし、僕の30年の自意識の変革ですね」と。

なにか物事がうまくいったときに、人は自分の努力のことをどうしてもその理由にしたくなる。もちろん努力をするからいい結果が生まれるわけです。というか、生きる上で努力するのは当たり前。

「努力すれば必ず成功するとは限らないが、成功した人は必ず努力している」

僕はこの言葉が好きです。

しかし、いい結果が出た時に、努力の部分は小さくて、本当は幸運による部分がほとんどなのではないかと僕自身は思ってきました。今までの短い自分の人生を振り返っても、ここは自分の努力だなと思えるところはほとんどありません。それは歳を重ねれば重ねるほど、自分の運の強さのなせる業なのだと感じます。

なぜ自分がそう思うのかを自分なりに考えてみました。すると、なにか物事がうまくいく時は本当に多くの要素、つまり健康、タイミング、周囲の人の助けなど、自分の努力以外の要素のほう圧倒的にが大きい。たとえば、僕が今職業を持てていること、仕事を続けられていること、健康でいられることなど、さっきお話した健康、タイミング、周囲の人の助けによります。これらに目を向けると、自分がしてきた努力は必然的にあまりに小さく見えます。

健康+タイミング+出会い>自分の努力

これが真実なのではないかと考えています。そう考えると、今生きていられることに感謝せざるをえない。それが自然な考え方なのかなと勝手に思っています(笑)

2014年8月24日日曜日

自閉症の子の声が聞こえたら

先日のNHKで「君が僕の息子について教えてくれたこと」をご覧になった方も多かったでしょう。

13歳の自閉症の少年、東田直樹さんが自分のことについてエッセイ、「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」を書きました(東田さんのように言葉をうまく話せない自閉症でありながら、活字でそれを表現できる方は極めてまれです)。それから月日が過ぎて、自閉症の息子を持つアイルランドの作家デヴィッド・ミッチェルさんがこの日本語のエッセイを見つけ、それを英語に翻訳したのです。

このドキュメンタリーの中で特に印象的だったものがありました。東田さんがニューヨークでの講演の中で自閉症の子を持つ親に向けた言葉です。

「僕が幸せだと思う瞬間は家族のささやかな日常の幸せそうな姿を見た時です。子どもの前で泣かないでください。子どもが一番望んでいることは自分を受け止めてくれる場所と親の笑顔です」

ここは本当に涙なしでは見れませんでした。

自閉症の子たちは会話ができず、かんしゃくを起こし、周囲から見れば不可解な行動をとります。でもそれは表現できていないだけです。実際は周囲の状況をよくわかっていますし、親の気持ちも感じています。その意味で、東田さんのように自閉症の人として感じていることを活字にして表現できたことは本当に画期的なことです。もしかしたら自閉症のこどもがしている行動、考えていることを理解することができるかもしれない。

自閉症の子たちの行動には必ず意味がある。

僕はこの言葉が好きですし、信じています。新しい環境に緊張しているのか、人の視線や音を怖がっているのか、なにか伝えたいことがあるのかもしれない。

日々の臨床でもっと勉強して、いつの日か自閉症の子たちの声を聴けるようになりたいです。


2014年8月20日水曜日

真剣に子どもに向き合う方の診察をしたい

勤務医をしているときよりも、開業してからのほうが圧倒的に多くの患者さんにお会いします。その中で子どもたちへの躾の重要性をより強く感じるようになり、親御さんたちに何度も躾の必要性をお話してきました。しかし、いつまでたってもよくならない子どもたちがいました。その理由は診察のときにお話したこと実践してくれていない。実践しない理由をたずねると、「この子がかわいそうで」。

そして多くの方はこちらが対応の仕方のお話をしている最中から、「学校では他の子を叩くんです」みたいに、次々と質問をされる。僕がこのときに思うのは、それまでの親御さんの対処法とは180度違うお話をしているのに、その話を聴いて咀嚼する前から次の質問をされる。それはただ単に困ってることを話するだけで満足しているように見えます。このような方には大変申し訳ないですが、他のところで相談していただくしかありません。

僕は最近、当院に来られたお母さん、お父さんはこの子に対して将来を見据えて、どの程度真剣に向き合っていく覚悟があるのかを見るようになりました。

そして躾が根本的な問題だと感じた時に僕が見るポイントは3点です。

・お子さんに普段から十分な愛情を注いでいるか
・善悪の区別をきっちり伝えているか
・その子が大人になった時のことを想像しながら接しているか

このうち、どれかが足りないと感じた時に、その部分をお話をします。

一方で、健常の子、自閉症の子に関わらず、問題行動がよくなられる方がいます。その親御さんたちに共通するのは子どもの将来を本気で心配して悩んでこられたこと。悩んで悩んで悩みきったあとに、とにかく何とかしたいという気概を持たれてる親御さんは診察でお話したことをお家で実践してくれます。そうすると、すべてとは言いませんが、子どもの問題行動が減る。親の指示が入るようになる。その時、僕も本当に満たされた気持ちになります。

限られた時間ではあるけれど、真剣に子どもに向き合う方の診察をしたい。その方に僕も全身全霊でエネルギーを注ぎたいのです。


2014年8月18日月曜日

生後10か月からの知恵比べ

食べたくないものが出てきたとき、したくないことをさせられているとき、自分がしたいことができないときに泣いてみる。

子育てをしていると、子どもが大人を試している場面にたくさん出会います。僕が25歳のとき、初めての子どもとして長女を見ているとき、子どもというのはいつくらいから善悪を伝えれば理解できるのか、いつなら叱って意味が分かるのだろうかと時期をうかがっていました。そして、それから4人の子どもを育てながら、言葉や態度で示して理解できているなと共通して感じたのは生後10か月のときでした。つまり言葉を話す前、歩く前です。座って離乳食を食べさせながら、自分が好きでない食べ物を口に入れようとすると、口を閉じたり、顔をそむけたりします。そして、僕が怖い顔をしながら、無理やりでも食べさせようとすると結局は食べます。つまり、ここから親と子どもの知恵比べ、もっと言うなら覇権争いが始まっているわけです。

「まだ子供だからわからないんだよ」

よく聞く言葉です。確かに、複雑な内容を子どもが理解するには時間がかかることはあるでしょう。しかし、親の言うことをきく子どもに育てられるかは生後10か月から始まっています。親の言うことをきかせる理由は善悪の区別を伝えるためです。別に親が偉そうにしたいからではありません。

中学生になって、「この子は反抗期だから、言うことを聞かないんです」というお話をよくよくお聞きします。でもそれは違う。親の言うことを聞かせるためにはそれまでに親が子どもにどんな態度で接し、どのように観察してきたかにかかっています。反抗期という単語を言い訳にしてはいけません。反抗期といわれる思春期ほど、不遜な態度で接してくるわが子に対して善悪の区別がしっかり伝えられるかが試される時期です。

生後10か月。このあたりから親と子の知恵比べが始まってると思って、子育てに臨んでみてください。


2014年8月14日木曜日

自分が持っているものをすべて出す

NHKスイッチインタビューで日本画家の千住博さんが出られていました。

千住さんは「誰に向かって絵を描いているんですか」の質問に

自分に向かってです。僕は誰とも変わらない普通の人間。だから僕がいいと思ったら多くの人がいいと思ってくれるはず。自分が見る人の代表として見ている。その自分を欺いたら多くの人を欺くことになる。誰かのためにじゃなくて、本当に自分がそれでいいのかと考えている。

よく言う言葉ですが、他の誰よりも自分が一番自分に厳しい。

僕も診察のときはその限られた時間の中で、自分が納得する診療をします。

確かに、あの時あーすればよかったというのはあります。ただ、その瞬間は自分の全知全能を傾けて、その人に対して自分は何ができるのかを考える。自分を欺きたくない。誰のためでもなく、自分のため。自分が後悔したくないから。精神科では人が死ぬことがあります。最悪なのは自殺です。目の前の患者さんが帰り道で車に飛び込むこともある。その人が自殺したとしても、あの診察の瞬間、僕は全力で診療したというのがないと、自分が後悔する。誰のためでもない、自分のためです。


2014年8月10日日曜日

悩みを抱えた人の気持ちをほぐす

最近、僕が大好き人で、勝手に大ファンになっている元週刊プレイボーイの編集長の島地勝彦さんがいます。御年73歳。シングルモルト(僕もシングルモルトが大好きなんです)とシガーをこよなく愛する方です。島地さんは雑誌の中で人生相談を受けておられます。

島地さんの本の中にこんな一文がありました。

相談者にしてみれば深刻な悩みでしょうが、回答者も一緒に深刻になって「うーん」と唸ってしまっても仕方ない。自分が大真面目にああだこうだと現実的な回答をしてもそんな答えはとっくに相談者だって考えていて、それでも悩みが晴れないからわざわざ相談しているんでしょう。だとしたら、笑ってもらうことで相談者は「ああ、そんなに深刻にならなくてもいいんだ」と肩の力が抜ける。人生は深刻になっていいことなんてもにもありません。結局のところ人生に正解なんてない。私の回答だって唯一の正解であろうはずがありません。だとしたら、せめて相談者の気持ちをほぐせればいい。

なんでしょうか、この名言の連続は。

僕のところには人生で起こるどうしようもない悩みを抱えた方が、ご自身でどうしていいのかわからずに30代の若造に相談に来られます。その時、僕ができることはただただお話をお聴きして、一緒にその気持ちの逃げ道を探すこと、病気なのかどうかの判断をすること、病気としての治療をすることだと考えていました。そのためには現実的な回答をくそまじめに考えてきました。もちろん、これが間違っているとは思いませんが、それをしてうまくいく確率はやはり低い。誰でも思いつくような回答しかできていなかったと思います。

悩みを抱えた人の気持ちをほぐす。

うすうすは感じていましたが、こんな大切なことをちゃんと認識できていなかったのです。世の中にお笑いを生業にする人たちがたくさんいるのは辛いときに笑うことが救いになることを知っているからでしょう。もちろん、人の気持ちをほぐすことはそれほど容易ではない。しかし、これからは人の気持ちをほぐすこと、笑っていただくことを意識して、診療に臨みたいです。

2014年8月7日木曜日

開業して1年が経ちました

1年前の2013年8月6日、宋こどものこころ醫院を開院しました。

あの暑いはずの日に、緊張で暑さを感じる暇もありませんでした。開院初日から完全予約制をとっていましたが、本当に患者さんは来てくれるのか、そんな不安を抱えて開業の日を迎えました。これはクリニックだからではなく、自営業でお店を始める人ならみんなが経験する緊張感なのでしょう。

僕個人で言えば、勤務医というサラリーマンをやめ、自分でお店というクリニックをかまえる。そして30代半ばで僕には直接的な上司というものはいなくなりました。つまり職場で僕のことを叱る人はいなくなりました。この1年間はがむしゃらでやってきて、あまり記憶に残っていないというのが正直な今の感想です。

宋こどものこころ醫院の2年目を迎えるにあたっての僕の今の気持ちを述べさせてください。

まずは何よりも、この1年間を支えてくれたわがスタッフに感謝と敬意をお伝えしたいです。当院のスタッフは僕が言うのもなんですが、本当に優秀なスタッフです。人柄、言葉づかい、気遣い、学ぶという姿勢、問題が生じた時に自分から解決しようとする姿勢。そして何よりも、僕が一番大切にしたいと開院当初からずっと話し続けてきた「患者さんに丁寧に接する」ということを本当に実践してくれています。僕がこれを強調した理由はこんな当たり前のことができていない医療機関を僕はたくさん見てきたからです。その僕の気持ちを実践してくれているスタッフに心から感謝したいです。

そしてこの1年の間に来ていただいた患者さん。宋こどものこころ醫院に頼りたいと思ってくださる患者さんには当然ですが、これまで以上の診療、サービスを提供できるよう努力していく所存です。

2年目の宋こどものこころ醫院は心理士のカウンセリングをお勧めしていきたいと考えています。どうしても、短い診察時間の中では聴ききれない部分があり、それを患者さんに話してもらうことも治療、それをミーティングで僕が聞いておき、診察時間内に診療に生かす。この流れが大切であることをこの1年を通して学びました。

最後に、今来ていただいている患者さんにお願いです。当院には当然、改善点がたくさんあります。なのでクリニックに来られたら、遠慮せず忌憚のないご意見をいただきたい(クリニックにあるノートのご記載いただいても大丈夫です)。それをすぐに実践できるかどうかは別として、まずはそれを知りたいというのが本音です。そしてできる限りの改善をしていきたいです。患者さんのニーズを知らずして、クリニックがよくなることはないと僕は考えています。

2年目の宋こどものこころ醫院もどうぞよろしくお願いいたします。

2014年8月5日火曜日

家庭の環境がよくないということ

林真理子さんの本を読んでいて、曽野綾子さんのエッセイのことが書いてありました。

こんな一文でした。

「私が幼いころから、両親はとても仲が悪かった。しかし仲が悪い親を持つ子供にも、いいことはいくらでもある。それは早いうちに人生の深さを知ることができることだ。」

この文章から林真理子さんは自分自身も両親がいつも不仲で、そのおかげで、今自分は物書きになれたのだと、目から鱗だったそうです。

幼いころの環境が悪かった、自分は親として子どもにいい環境を提供できていないなど、本当によくお聴きします。「この子にはかわいそうな思いをさせたから」と涙されます。もちろん、それは親心として当然ありだと思います。ただ、それも悪い面ばかりではないということは僕自身もうすうす感じていました。温かい家庭、安定した生活を悪いと言っているのではありません。もちろん、それは理想であり、それがきっといい部分が多いでしょう。でも環境が悪いことが必ずしも、その子のためにならないとはかぎらない。むしろ、人の顔色を見る、人との接し方を知る、自分の身の守り方を知る、社会の厳しさを知るなど、いい面もたくさんあります。

僕がここで言いたいのは、以前のブログでも書いたように、子どもに対していい環境が提供できていないことで、親として自分を責めすぎないでほしいということです。いい面も必ずあるということを知っていただければ、これもまた明日からの子育てに向けて力になるのはないかと思っています。