2019年10月11日金曜日

誰もその人の代わりにはなれない

自分なんて大した人間じゃないし、自分の代わりなんていくらでもいる。なんて思う時があります。でもそんなことはありません。よくよく考えていくと、どんな状況にあろうがその人は何か、誰かの役に立っている。誰もその人の代わりにはなれません。

2019年10月4日金曜日

臨床と勝負は違う

アスリートのテレビや本が好きでよく見ます。そこには自分を磨いて勝負に勝つまでの道のりがいろんな言葉を使って書かれています。自分を磨いていく、高めていくことは臨床をする僕も同じです。一方で、アスリートには対戦する相手がいて、その人よりも勝つことが求められますが、僕にとっては患者さんは勝たなければいけない相手ではありません。少なくとも患者さんはよくなりたい、楽になりたいと思っているため、言うならば同士や仲間みたいなものです。

ただ、一つ臨床でよく起こる現象があります。患者さんはご自身がすごくしんどい状態にいるため、時に治療者に対して一見すると敵意かと思えるような興奮した行動をとられることがあります。当初、僕はそれを患者さんから僕への敵意なのだと考え、それになんとか勝たねばならないと思っていました。しかしそれは間違いです。それは決して僕ら治療者に対する敵意ではなく、ご自身がしんどいということのメッセージです。それがわかるまでに僕は時間がかかってしまいました。でもそれがわかってからはそんな気持ちは消えて、臨床が楽になりました。

2019年9月27日金曜日

なんとなくしたいことが自分が本当にしたいこと

内田樹さんが本の中でこんなことを書いておられました。

なんとなくしたいことが自分が本当にしたいこと

人から「なぜそれをしたいのですか?」と尋ねられたら、それにきちんとした答えられなければならない。そんな固定観念がある人は多いのではないでしょうか。社会がそれを要求してきたのかもしれません。内田さんはそれは違うと言います。本当に自分がしたいことは自分の中で深いところに根差しているものであるため、人は簡単に言語化できるはずがない。心と直感はそれがなぜかを知っている。だからなんとなく直感ですることこそが本当に自分がしたいことであると。

僕も自分がしたいことを言葉で説明できないのはだめだと自分にも他の人にも求めてきました。でもそれは単なる僕の固定概念、枠組みに過ぎないと気づきました。内田さんの言葉は僕を縛っていたその固定概念や枠組みから僕を自由にしてくれて、もっと自分の「なんとなく」や「直感」に従えばいいんだと応援してくれているようでした。


2019年9月20日金曜日

自分が他の人に言ってることを振り返ると、だんだんと自分が発する言葉が減っていく

他の人を批評するときに「あなたはあの時はこう言ってたのに、今はこう言ってますね」みたいなことを耳にします。

外から見てる人ならこの発言はあり得るのかなと思います。他の人はその人の内的な変化や成長などは視野に入りませんので、ただ時間軸による経過は関係なく横断的に「この時はこれ、今はこれ」とだけ取るかもしれません。でも本人からすると、時間軸の中で縦断的にその人なりの変化や成長があるわけで、ずっと同じ考えのままとは限りません。それは自分のことを振り返ったときにはじめて気づけることです。一人でこんなことを考えながら、自分が他の人に言ってることを振り返ると、これからだんだんと自分が発する言葉が減っていくのだろうと思います。


2019年9月13日金曜日

今のままでいい

最近ある経営者の方の本を読みました。その方は会社のリーダーとして、こうすべきだ、こうあるべきだという考え方に縛られてしまい、身動きが取れなくてしんどかったそうです。それがこれでいいんだと今の状態を認めたことで楽になり、むしろ業績も上がったそうです。

これは何もリーダーだけの話ではないように思います。人はなんらかの考え方、誰かに言われた言葉に縛られて、息切れしながら生きていることが多いように思います。かくいう僕も自分はこうしなければいけない、リーダーはこうあるべきだ、スタッフはこうあるべきだなどと、自分にも周囲にも「こうあるべきだ」という考え方で縛ることが本当によくあります。なのでこの本のこの言葉にはとても共感できました。「こうあるべきだ」は人を辛くするときがあります。

今のままでいい。

何かで悩んでおられるすべての人にこの言葉が届けばと思います。

2019年9月6日金曜日

誰かの役に立っている。その気持ちだけで人は生きられる

自分は何のために生きてるんだ。生きていれば、多くの人がそんなことを思ったことがあるのではないでしょうか。でも本当にそうでしょうか。生まれてから今の今まで誰の役にも立ったことがない人はいるでしょうか?ほんの少しで自分が誰かの役に立っていると思えたら人は生きられます。

2019年8月30日金曜日

自信には根拠がないほうがいい

先日の逆転人生は世界初のアルツハイマー型認知症の薬を開発した杉本八郎さんでした。開発までの多くの苦難を乗り越えることができた理由を尋ねられると杉本さんは「それは根拠のない自信です。根拠のある自信はロジック(論理)に負けると倒れてしまいます。でも根拠のない自信はパッション(情熱)なのでロジックに負けることはありません。俺はやるぞというパッションが最後まで到達するエネルギーになります」とおっしゃっていました。僕は日々の臨床の中で治療としてどう見ればいいのか、どう動けばいいのかわからないときが今ももちろんあります。その時自分の実力のなさに正直落ち込み、一旦それに入ってしまうと自分の気持ちを立て直すのに時間がかかります。でも杉本さんの言葉にある「根拠のない自信が最後まで到達するエネルギーになる」は僕には非常に励まされる言葉です。自信にはいつも根拠がいるように思われますが、根拠はないほうがいい。情熱から生まれてくる自信は自分のエネルギーになると理解しています。ありがたい言葉です。

2019年8月23日金曜日

勝負と臨床の世界は違う

僕はこれまで本やテレビを通してではありますが、スポーツや将棋や囲碁などの勝負の世界と自分の臨床の世界を似たものとして見てきました。なぜならそれは技術を磨いて結果を出すという意味で同じではないかと考えていたからです。でもスポーツなどの勝負の世界では相手をいかに崩すか、いかに凌ぐかを競うものです。それは相手との知恵比べとも言えます。でも臨床の世界ではほとんどの場合、患者さんやそのご家族は治療というものに対して協力するつもりで来てくれます。なので治療者も治療を受ける側も相手を崩そうなんて思っていません。技術は磨きますが、患者さんやご家族と対峙するという点において僕はもっと患者さんやご家族の協力を得ること、その方々の持っている力を引き出すことに注力すればいいのだと楽な気持ちになりました。

2019年8月16日金曜日

強い意志が運を呼ぶ

最近、NHKの「逆転人生」という番組が好きでよく見ています。人生のピンチからまさに逆転した方が出られていて、落ち込んだり元気が出ないときに勇気をもらえる番組です。先日は2016年のリオデジャネイロオリンピックで柔道57kg級のブラジル人女性選手ハファエラ・シルバさんに金メダルをもたらした日本人女性コーチの藤井裕子さんでした。シルバ選手はスラム街で生まれ育ち、相手に勝つことに対してものすごく強い気持ちを持っていたそうです。そんな中2012年のロンドのリンピックで反則の判定を受けたことで差別的な誹謗中傷を受け苦しんでいました。それから藤井さんと出会い、2人の間にも紆余曲折がありながら、リオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得されました。藤井さんが番組の終わりに「運も実力のうちといいますがそれは違います。強い意志が運を呼ぶのです。オリンピックは勝てると思われている選手が勝てないところです。オリンピックには魔物がいると言われますが、女神もいます。勝つと決めた人間のところに勝利の女神は来るのです」とおっしゃっていました。強い意志を持つことで運を呼ぶことができる。この言葉に勇気をもらいました。

2019年8月8日木曜日

今年も開業した日を迎えることができました

今年も開業した8月6日を迎えることができました。やはり僕にとってその日は特別な日です。その日を迎えると、この1年も診療を続けることができた。そんな気持ちになります。今も醫院を必要としてくれる人と醫院を助けてくれる人がいるということだと理解しています。本当にありがとうございます。

2019年8月2日金曜日

お客さんはこちらの姿勢を知っている

ニュースキャスターの安藤優子さんがテレビでこんなことをおっしゃっていました。「一流の人になればなるほど、こちらが準備している質問に拘泥すればするほど、見透かすんです。その次の質問からは答えてくれなくなる。こいつは自分に質問してるんじゃなくて、自分を良く見せようと質問しているだけだと見透かされるんです」。

この人は自分の話にちゃんと耳を傾けてくれているのか。質問やインタビューされる側は見透かしてしまうものなのでしょう。これはまさに僕たちの仕事がそうです。当然ですよね。患者さんは自分の悩みについて真剣に聞いてくれているかに一番敏感ですから。

逆に僕も顧客の立場になると同じです。僕のところにもいろんな営業の方が来られます。その人がどんな姿勢で僕のところに来て、話をしているかは聞いていれば多くの場合はわかります。顧客の利益を大事にする姿勢なのか、ご自身の利益を大事にする姿勢なのか。もちろん営業の方も生きていくための仕事ですから、ご自身の利益を全く考えないということはないでしょう。ただ、その気持ちが強すぎると言動に出てしまいそれをこちらは感じ取ってしまいます。お客さんは知っています。こちらがどんな姿勢で仕事をしているのかを。

2019年7月26日金曜日

人は自分を慰めてほしいもの

人は誰でも自分を慰めてほしいものです。その慰めをしてくれるのは人だけとは限りません。それは本だったり、映画だったり、花だったり、絵だったりするかもしれません。何によってであれ、人は何かに慰めを求めるものだと思います。なぜなら傷ついていない人はいないから。

2019年7月19日金曜日

がんばってるとつい人に言いたくなってしまうけど

レストランに入って、そこのオーナーシェフの方が料理について丁寧に説明してくれると、その料理がさらにおいしく感じられてうれしいものです。でももしその説明が長かったり、自慢が入ってくると、そのうれしかった気持ちがだんだん萎えてきます。これは本当に微妙なラインだなと思います。人はがんばっていると、つい自分の努力やがんばり、苦労、それが発展していかに自分が素晴らしいのか、いかに他のお店と違うのかなどの自論を展開したくなってしまいます。それは言うなればがんばっている証拠であるとも言えます。ただ、相手の反応を見ながら話さないと、せっかくのいい話が面倒くさい話にすり替わってしまいます。僕もついつい自論を言いたくなる時があるので、レストランでの料理の説明が長いときにはっとさせられます。

2019年7月12日金曜日

幸せは日常で見つける

僕は日常に疲れてここから離れて遠くに行きたくなることがあります。それで実際に行ってみて、そこで癒されて元気になって帰ってきます。ただその元気は正直なところ1日くらいしか持ちません。そんなことを10年以上もやってきました。それでようやく気付いたことは日常を楽に楽しくするしか方法はないということでした。人の人生の大半は非日常ではなく、日常で占められています。その日常をいかに楽に楽しくするか。さらに言うなら日常の中に幸せを見つけられるか。それが重要だと思います。日常が幸せであれば、たまに旅に出た時間も幸せですが、日常に帰ってからも幸せでいられます。

2019年7月5日金曜日

精神療法に自分の強い思いは邪魔になる

人はそれぞれ自分なりの経験や周囲からの教えを通して、「~であるべきだ」というような強い思いを持つことがあります。これは人生において困難に出会ったときに、それを乗り越えていくための助けやエネルギーになることがあります。その強い思いは人生において非常に大切なものと言えるでしょう。ただ、それは人に楽になってもらうための精神神療法では邪魔になることがあります。もしその人の口から出た内容が自分の強い思いとずれていたり、反対の内容が出てくると、どうしても普段から自分が大切にしている自分の強い思いが先行して、その人の話を否定的に捉えてしまいます(これは無意識下でも起こっていることがあります)。すると、話をしている人の立場としては否定されたと捉えてしまい、治療はうまくいかなくなります。精神科医も人ですので、当然何らかの自分の強い思いはあります。ただ、精神療法を行う際、つまり人の話を聞くときにはその強い思いは横に置くという切り替えができることが大切です。これは僕自身も常に気を付けなければならないと思っています。

2019年6月27日木曜日

信頼してる人から叱ってもらえる幸せ

師匠から自分の臨床について叱っていただける機会がありました。そのときのなんとも言えない幸福感は子どもの頃に親や先生から叱られたものとはまた違う感覚でした。それが歳のせいなのか、師匠への信頼感からなのかはわかりませんが、心からありがたいと感じました。悲しいことに人は歳を重ねると信頼できる人は少なくなり、叱られることも減ります。だからこそ、信頼できる人から叱ってもえたときに幸せを感じるのかもしれません。

2019年6月21日金曜日

次のシュートも外れるとは限らない

先日のNHKのスポーツ×ヒューマンはNBAの渡邊雄太選手でした。世界最高レベルのバスケットボールの世界で生き残っていかないといけません。結果が出ないとすぐにその選手はいなくなるそうです。あまりに強いプレッシャーのせいで、パスをもらってもシュートを打てないときがあるそうです。それでもがんばってシュートを打っても外れる。それでも打ち続ける。そんな気持ちを表したのがこの表題の言葉でした。

次のシュートも外れるとは限らない。

僕は自分の臨床がうまくいかないと、その次に同じような場面を迎えたときに怖くなる時があります。また自分はこの場面をうまくできないんじゃないかと。でもこの言葉はそれでも向かっていくときに心を救ってくれる言葉です。次の臨床もうまくいかないとは限らない。この言葉に変えて、自分を勇気づけたいと思います。

2019年6月14日金曜日

まだ道がわからないから生きてる

どなたかのお言葉です。人は自分の道が見つかった、これで人生が見えたって思うところまで早く行きたくなるんじゃないかと思います。なぜなら人生が見えないことって苦しいからです。そして、これで人生が見えた!わかった!なんて思ってるとまた見えなくなってる自分に気づく。そんなことを繰り返している気がします。でもそれでいいんじゃないか。人生でまだ道がわからないから生きてる。この言葉を聞くと、自分の気持ちが穏やかになれます。

2019年6月7日金曜日

お客さんとしっかり目を合わせる店員さんのいるお店は流行る

僕自身がお客さんとしてお店に入って、接客を受けるときにいつも思うことがあります。店員さんがしっかり目を見て挨拶してくれたり、注文を聞いてくれたりすると、それだけで気持ちがよくなります。そしてそんなお店は流行っています。でもお客さんの目を見てというのは接遇研修に行くと、当たり前に言われていますが、実際はお客さんの目を見てくれるお店はそんなに多くありません。それは人の目を見てお話するというのはエネルギーがいることだからではないかと考えています。僕が接遇を気にしすぎているのでしょうか、お店に行くとそんなところばかり考えています(笑)。

2019年5月31日金曜日

それでいいんだよ

どんな辛い状況でも、「それでいいんだよ」。

この言葉ほど勇気をくれる言葉はない気がします。

2019年5月24日金曜日

変化を迫られて、その中で選択していく

人が生きていくということは否が応でもその時その時で変化を迫られ、その中で自分なりに選択し、その後も生きていくために、新たな自分を作り上げていく過程なのかなと思います。

2019年5月17日金曜日

世の中は大多数の無名人によって支えらえている

人は僕も含めて有名人を重視して、無名人を軽視する傾向があります。でもよく考えてみると実際の世の中は少数の有名人よりも、大多数の無名人によって支えられていると思うのです。


2019年5月10日金曜日

自分よりも余裕のある人に教えてもらえる

スーパーの店員さんにレジでやさしく接していただけると、はっとします。それは僕の中でスーパーのレジでは冷たくされると身構えているからでしょう。そんな自分の固定観念に気づかされ、自分の余裕のなさが恥ずかしくなります。自分よりも余裕を持っている人に出会うと、自分の余裕のなさを教えてもらえます。

2019年5月1日水曜日

平常心でいられない自分を受け入れて、そこに立ち続けること

イチローさんが引退したあとのインタビューで、今自分の才能は何だと思いますか?という質問にこう答えています。

「平常心でプレーすることなどできない、ということを受け入れていることだと思います。平常心でいられない自分を受け入れて、そこに立ち続けること。たくさんの人がそこから逃げようとするのを見てきましたし、その気持ちもわかります。でもそれでは前に進めないのです。常にリラックスした状態の自分でなければ結果が出せないということでは、続けることはできません。どんなときでも心に芽生えてしまった重圧を背負ってそこに立つこと。これが僕の才能なのかもしれません」

僕は職業人であろうが、母親としてであろうが、1つの事に立ち向かい続けるだけでもすごいことだと思います。そこに重圧を背負って、しかも逃げずに立ち向かい続けることはもっと大変なことでしょう。でも一方でイチローさんだけでなく、重圧を背負いながら立ち向かい続けている人たちも多いはずです。だからイチローさんからこんな言葉をもらうと、励まされてるような気持ちになって、元気になれる気がします。

2019年4月26日金曜日

「ごめんね、それから、ありがとう」

「ごめんね」や「ありがとう」をお互いに本心から言えるとき、その関係はいいはずです。でももっと素敵な関係があります。それは「ごめんね、それから、ありがとう」とお互いに言える関係です。

2019年4月19日金曜日

自分のことを大切にできれば、他の人も大切にできる

他の人に合わせることが上手な人が多く、そうさせる社会があると思います。でも自分を大切にできないと、他の人も大切にできない。逆に自分を大切にできれば、他の人も大切にできる。そんなことを思います。

2019年4月12日金曜日

医者は患者さんの治る要素の一部を担ってる

人を治すという言葉。医者は患者を治すというのは太古の昔から当たり前のように言われてきた言葉です。でも僕の実感では違います。医者が患者を治すのはあくまでもごく一部で、他はその人自身(体の組織、免疫力、機能、努力など)、家族、周囲の人たちなど数多くの要素が合わさって治ることがほとんどです。中には患者さんやご家族に感謝していただけることはあるし、それは本当にありがたいし、光栄です。でも感謝されるたびにずっと違和感がありました。内心、「恐れ多すぎます。いやもう、ほんとやめてください」って思ってしまいます。ただ、医者として患者さんやご家族に良くなってもらうことを目指してはいるので、むしろ、良くなってよかったとホッとします。医者がそれを本気で「自分のおかげでこの人は治った」なんて思ったらもうだめなんじゃないかとも思います。医者はあくまでもその人が治る要素としての一部を担っているという感覚くらいがちょうどいい。そんな気がしています。

2019年4月5日金曜日

日々のことを糧にしていく

日々のことを糧にすることがいいことであることは誰もが知っています。しかしそれを意識して、さらには継続することは誰もができることではありません。

ヤンキースの田中将大投手が4回目の挑戦にして手にした開幕戦初勝利について「一つ成長した姿を見せられたとは思います。これまで勝ってなかったですから。今までいろんなことがあって、それを自分の糧としてやれてきたからこそだと思います」と言っていました。この言葉は一見平凡ですが、日々のことを糧にして、それを継続してきた田中選手の気持ちが詰まっていると感じました。

2019年3月29日金曜日

人と競争しない

 少しでも多く顧客をつかむために、多量に仕事をこなし、しかも早く、安くする。どの業界でもある現象です。つまりは限られた数のパイを取り合うということ。それは一時的に生きつなぐために必要なこともあると思います。ただ、それを続けていくと、その業界の中で生き残りをかけた生存競争が始まり、ほとんどの人はそれに負けて、最終的にはその業界から消えていくしかありません。みんなが生き残っていくためには視点を他の競争相手に向けるのではなく、目の前の仕事に向けて、どうすればいい仕事ができるのかに向けることが大切だと思います。そうすればたとえ偶然、他の人と競争になってしまっていたとしても、どうすればいい仕事ができるのかの視点に立ち戻れば、また次の道が見えてきます。また、多くの仕事は実は勝負事ではありません。
 主眼が自分の目の前の仕事ではなく、他の人との競争に向いたときはあまり幸せなことは起こりません。みんなが視点を自分の目の前の仕事に向けて、どうすればいい仕事ができるのかを考えていれば、もう少し幸せな日が来るのではと思います。

2019年3月22日金曜日

精神科医は技術者

僕は勝手に一方的に言っているのですが、僕には3人の師匠がおられます。その中で一人目にお会いできたのが山上敏子先生です。山上先生がよくおっしゃっておられた言葉をいつも思います。

「私たち精神科医は技術者だからね」

僕はそれまで人の気持ちや心ってどうやって治せばいいのかと想像がつきませんでした。なぜなら治したいという気持ちはあっても、自分が治せたと意識できたことが一度もなく、なぜその患者さんがよくなったのかが自分で説明できなかったからです。でもこの言葉を聴いてから、自分なりに勉強を進める中で、人の精神や心を治すなんてのはテーマが大きすぎるけど、技術があれば患者さんに楽になってもらうことはできるんだと少しずつ実感がわくようになりました。人の気持ちが楽になるにはちゃんと理屈があるということを知りました。精神科医は技術者。精神科医に勇気を与えてくれる言葉だと思っています。

2019年3月15日金曜日

知識と技術は違う

知識は頭にはすぐに入るけど、それを使いこなすには時間がかかります。その知識を使いこなすことを人は「技術」と呼ぶのだと思います。その技術を習得するためには、その知識を深めて自分の物にして使いこなすまでの時間と努力が必要になります。安易にすぐできるみたいな表題の本がもてはやされますが、それを手にした時に1回読んで頭に入れるだけで終わると、本当に知識だけになって、時間が経てば後にはほとんど何も残らなくなります。その知識を使いこなせるようになるまでしつこくやり続けるかどうかが大切です。ただ、知識が何も悪いわけではありません。知識を技術まで高めるにはエネルギーがいります。なので、自分がこれだ!とホントに思えたものについてだけは知識で終わらせずに、技術にまで高めていけば、それでいいと思います。

2019年3月8日金曜日

自分がどう感じるのかが大切

人はテレビで語られてること、有名人が語っていること、本やメディアなどの活字になってるものを信じやすい傾向にあります。おそらくそれはテレビに出る人、有名人、活字になるというのは一般の人からすると、信ぴょう性が高く、何か特別ですごいものだという意識があるからではないかと考えます。かくいう僕もそんな情報に揺れます。でも入ってくる情報に翻弄されすぎると付和雷同という形になってしまい、自分を見失って、結局自分がしんどくなってしまいます。なので入ってくる情報を一旦は受け止めた上で、自分はどう感じるのかを見つめてみる。それを大切にすることがいいかなと思います。

2019年3月1日金曜日

患者さんは意図せず治療者に多くのことを教えてくれる

患者さんが治療者にとって師匠であり、治療者は患者さんに感謝するべきであるというのは再三ブログで書いてきました。その中でのもう一つの気づきがありました。それは患者さんはご自身の辛いこと、苦しいことをなんとかしたいという思いでたくさん語ってくれます。それはもちろんご自身の治療のためであり、こちらも治療者としてそれに答える義務があります。ただ、診察の時間は治療者にとっては治療ということ以外の意味があります。それが患者さんの語るときの表情、こちらの言葉への反応、思考のパターン、その人の歴史など、患者さんはご自身は意図せず、これらを治療者に教えてくれます。それらの情報はその人だけでなく、他の人たちの治療を行う際に非常に多くの助けになります。なぜなら人の表情、反応、思考パターン、歴史には様々ありますが、共通している部分も多いからです。それがまた次の患者さんの治療に役立つ。治療者としては貯金をさせてもらっているような感覚です。意図せず患者さんは教えてくれる。本当にありがたい限りです。

2019年2月22日金曜日

ブログを書くのは実は話を聴いてほしいから

このブログは自分はなんで書いているのか。書き始めてからこの5年間ずっと自分に自問してきました。その理由はいくつかある気がします。なんか自分がわかった気がしたとき、この考えは他の人も持ってるんじゃないかと思ったとき、すごくいい話を聴いたとき。いろいろあります。結局これらの総合すると、要するに僕の話を聴いてほしいだけなんじゃないかとふと思いました。正直、こんなことを不特定多数の人にしている自分はバカなんじゃないかと思います(笑)。ただ、これって僕だけじゃなく、人ってみんなそうなんじゃないかな。そんなことを思いながら、今日はブログを書きました。

2019年2月15日金曜日

「縁」って言葉は心を楽にしてくれる

日本語には「縁」という言葉があります。人は生きている中で、思いもしない出会いや別れがあり、それらは人の力でどうすることもできず、予測することができません。思いがけず素晴らしい出会いをしたり、思いがけず悲しい別れになったり。そんなときにその人との出会いを喜んだり、悲しんだりします。そんなとき人はその理由を説明したくなったり、意味付けしたくなります。その理由や意味が思いつかないとき、「縁」という言葉を当てはめると、なにか心がすっとします。僕は日本語以外の言語は韓国語しか知りませんが、韓国語にも同様の言葉があります。他の言語でもあったらいいなと思います。なぜかというと、人の心を楽にしてくれる言葉だとから。

2019年2月8日金曜日

さだまさしさんのコンサート

先日、大好きなさだまさしさんのコンサートに行ってきました。僕は10年くらい前に「
風に立つライオン」をたまたま知ってから、大ファンになりました。医師として患者さんに向き合う崇高な姿勢、「僕は思い上がりたくないのです」という歌詞など身に迫ってくるものあります。他にも「主人公」、「いのちの理由」、「コスモス」、「親父の一番長い一日」、「ハッピーバースデー」など、さださんは生きること、家族のことについての歌がとても多いです。しかし1曲を聴くと、目を閉じているだけで1本の映画を見たのと同じ感覚を覚えさせてくれます。

実際のコンサートは僕の親くらいの世代の方がほとんどで、ちょっと浮く感じは否めませんが、大好きな人なので我慢しました(笑)。非常に多忙なはずにも関わらず、丁寧に3時間近くかけて、歌、トークをしてくれました。音楽はご専門なので素晴らしいのは当然ですが、トークがこれまた落語家か思うくらい情景の描写がうまいんです。絶対これは話し方をしっかり勉強されてるなと思います。人前で話すのが好きな僕としてはこれがまた魅力的で、いつかこんな風に人に笑ってもらいながら、時にふっと涙が上がってきそうなお話ができれば、聴いていただける人も僕も幸せな気持ちになれるんじゃないかと思うのです。

コンサートが素晴らしかったなんて言いながら、こんなことを言うのもおかしいですが、僕の中で一番印象に残っているのはテレビで見たさだまさしさんです。さだまさしさんが東日本大震災のあとに初めて東北を訪問されたとき、お寺で歌を歌いました。その時にさださんは被災された方々を前にとても戸惑いながら「こんな時のために僕は神様に有名にしてもらったので」と言いながら、ハッピーバースデーという曲を歌ったんです。僕はこの言葉に感動しました。多くの人は自分の努力で有名になったみたいに思うので、こんな言葉って普通は出てこないと思うんです。しかもこんな非常事態の後に、被災された人たちを前になんて言葉を紡いでいいのかわらなくなる場面なはずです。そんなときにふっとこんな言葉が出てくるなんて、普通の人ではないなと感じました。

今日はとりとめもなく思いつくままに書きました。さだまさしさんの曲に救われている方はとても多いと思います。もしまだ聴かれていない方にはぜひともおすすめしたいです!

2019年2月1日金曜日

自分が最高のパフォーマンスを出せる分だけ仕事をする

レストランには大人数が入ることのできるお店、少人数しか入れないお店があります。それぞれの目的や用途などあるため、規模の大小で優劣はつけられません。ただ、僕個人としては小さなレストランが好きです。なぜなら小さなレストランの方が仕事が丁寧なことが多く、お店の人の気配りやお店の人との距離が近くに感じられて、お客として気持ちがいいからです(お店のご主人やスタッフの方もそうじゃないかと想像します)。そんな考えから、当院ではお受けする患者さんの数は僕らスタッフが最高のパフォーマンスを出せると思う患者さんの数だけにしています。そのための完全予約制でもあります。これは決して驕りなどではなく、お受けする患者さんの数を増やしても誰もいいことがないからです。ある一定の人数を超えると、患者さんにいい治療やサービスが提供できないため、患者さんも僕たちも不満が生まれます。当然ながら医療機関である僕たちは患者さんに楽になってもらうことが目的です。そのためにこれからも小さな規模で僕らスタッフが最高のパフォーマンスを出せる範囲の中で仕事をして、きちんと患者さんに楽になってもらえる診療とサービスを続けていきたいと思います。

2019年1月25日金曜日

1つのことを深めれば多くのことが学べる

サッカー選手の人たちが「サッカーが人生に必要な多くのことを教えてくれました」というのをよく聞きます。これはほかのスポーツ選手たちも自分のスポーツに当てはめて同じようなことを言っています。見聞を広めるべきだとか、幅広い経験が大切だとか、人はいろんなことを知っていたり、いろんなことができる人を良しとする傾向があります。でもそんなことはないと思います。今自分がしている一つのことを本当に深めていけば、そこから人生に必要な多くのことを学ぶことができると思います。

2019年1月18日金曜日

他の人を知るより自分を知ること

50km競歩という競技があります。50km競歩はオリンピック競技の中で最も長い距離を競うスポーツです。長い道のりの中で、周囲の選手との駆け引きがあり、そのペースに自分が合わせるのか、合わせないのかの判断を誤ると脱落するという話を聴きました。つまり、大切なのは周囲との駆け引き(他の人を知る)ではなく、自分(スタミナ、特徴)を知り、自分で考えてペースをどうするのかを判断することなのだそうです。

生きていく上で僕たちは自分以外の人から多くを学びます。しかし本当に大切なのはその次の段階なのかもしれません。他の人から学ぶのはあくまで入り口で、その後の自分と向き合う時間のほうがもっと大切ではないかと思います。



2019年1月12日土曜日

自分をコントロールすることが一番簡単であり、一番難しい

テニスの全米オープンの女子で優勝した大坂なおみ選手はこれまでは自分の感情をコントロールできず自滅することがありました。その時、ドイツ人コーチのバインさんは「相手は何もしていないのに、自ら負けていることに気付きなさい」と諭したそうです。僕も診療の中で自分で勝手にしんどくなっていくことがあります。みなさんもないでしょうか?生活の中で相手は何もしていないのに、自分だけが勝手にしんどくなってしまう時。これって結局、相手の問題ではなく、自分の問題なので、逆に言えば自分のやり方、ものの捉え方次第で改善できることではないかと思います。

相手をコントロールすることはできませんが、自分をコントロールすることはできます。ある意味一番簡単なはずです。でも自分をコントロールするときには怠けたい、楽したいなどの「妥協」という誘惑が常に着いてきて、その「妥協」という敵に打ち勝つ必要があります。これもまた結局自分次第ということになってきます。でもそれは非常に難しいことですよね。人にはこの葛藤が常にある気がします。これらのことを総合すると、自分をコントロールすることが一番簡単であり、一番難しいということになるのでしょう。これもまた葛藤ですね(笑)。

2019年1月4日金曜日

誰か一人でも見ていてくれたら人は生きられる

人は自分ではどうしようもないくらい辛いことがあると、希望が持てなくなってしまうことがあると思います。そんなとき誰か一人だけでも、自分のことを見ていてくれたり、わかってくれたらそれだけで人は生きていけます。多くの人に自分を理解してもらう必要はありません。自分のことを少しはわかってもらる場所がある。それだけでいいんだと思います。