2016年2月24日水曜日

僕という人間との出会いを通して楽になりますように

僕が診療に向かうときにいつも願うことがあります。

僕という人間との出会いを通して、目の前の患者さんが楽になりますように。

これは医療をする人間なら誰でも思うことでしょう。僕と出会う患者さんに、「また明日から生きてみてもいいかな」と思ってもらいたい。患者さんの心の中で消えかけている希望の灯火に少しまた火を灯したいじゃないですか。僕が医者だからとかそんな表面的な理由ではなく、そう思ってもらえるような人間になりたい。これは僕個人の人間としての望みというか、欲求であり、今の僕の目指す究極の型かもしれません。

2016年2月21日日曜日

たまには無意識もいい

道を歩いていてすれ違った人が切符を落としたのを拾ってあげる。こんな経験ってあると思います。多くの人はこれは無意識にするでしょう。

上司に気に入られたいからゴマをする。これもよく経験することだと思います。でもこれは意識的にしますよね。

この2つって、どっちがお互いに気持ちがいいでしょうか。

無意識にしていることを意識してしようとするとそれは嘘になります。無意識に人を傷つけていることもあるので、それは修正していくべきですが、自分が無意識にしていて周囲が喜んでることってありますよね。僕はその理由は知らない方がいいなと思います。その理由を知らない方がその行動を続けられるし、人が感動する瞬間って、相手が無意識にしている瞬間だから。人はなんでも意識しようとしますが、たまには無意識もいいなと思います。


2016年2月18日木曜日

目を見ただけでわかるんですよね?

「先生は目を見ただけでわかるんですよね?」

これは僕が実際に患者さんに言われたことがある言葉です。言うまでもありませんが、ありえない話です。僕は占い師でもなければ読心術もできません(笑)。

精神科医は「心の専門家」と思われているかもしれませんが、僕は自分も含めて精神科医をみていて、この人は「心の専門家」だと思ったことはありませんし、そもそも精神科医は人の心はわかりません。しかも心をわかるから治療ができるわけでもありません。ただ、人の心をわかろうとする努力はします。

弁護士は法律の専門家、消防士は消防の専門家、学校の先生は教育の専門家、魚屋さんは魚の専門家、料理人は料理の専門家などなど、世の中には専門家と呼ばれる仕事がたくさんあります。ただ、専門家と呼ばれる人たちで、自分の専門の内容についてしっかりと答えられる人はほとんどいないのではないでしょうか。つまり肩書きと実際は違うということです。一般に専門家と言われるべき仕事でも、そうでないことは自分の仕事を振り返ればわかります。これはどんな仕事でも同じではないでしょうか。でもその道を極めようと努力している人のことを専門家と呼ぶと僕は思っています。その道に完成や終わりなんてありませんが、その努力を続けられるかどうかが、専門家とそうでない人の違いな気がします。

2016年2月13日土曜日

患者さんと医者の共生

患者さんの中には通院しはじめていた頃の問題はほぼ解決し、その後も通院していただける方がおられます。なんと表現すればいいのでしょうか、医学的な診療という堅いものではありませんが、ご自身やご家族の日常生活のこと、身の回りで起こったことなどいわゆるいい意味での「世間話」をしてくれる方です。町医者という特性なのかわかりませんが、僕にとっては本当にうれしいことです。なぜなら、世間話ができるということは当初の問題は解決したか、その問題自体が消えてしまったかのどちらかを経て、「こいつなら話をしてもいいな」と思っていただけているからです。「何もないけど、冬休みなので来ました」、「今日ようやく仕事の休みが取れたので先生の顔を見に来ました」とか、そんな言葉だけで、僕は内心小躍りしています(笑)。時間ができたのでいつもの八百屋さんの親父さんにおしゃべりするみたいな感覚。僕の理想です。大げさに言うならこれを患者さんと医者の共生とでもいうのでしょうか。そんな方々に僕自身が支えられている気がします。

2016年2月9日火曜日

所詮は潮流の中にいるだけかもしれない

人は自分の日々の物事がうまくいくように自分なりに努力したり、危険を回避したりしています。でもそれがうまくいったり、うまくいかなったりします。あるいはまさに青天の霹靂のような出来事に出会います。それを考えると、自分ではうまくやったいるつもりでも、実は大きな潮流の中にいて、その流れの中で小さな小さな自分が頑張っていたり、もがいたりしているだけなのかなと思います。
自分なりの工夫や努力は大切だと思いますが、あまりうまくやろうとせず、潮の流れに身を任せるほうが意外にうまくいったり、気楽に生きていけるのかもしれません。

2016年2月6日土曜日

スムーズさと小さな感動があれば

お店に入って、「いらっしゃいませ」のあいさつを受けて、コートを預けて、着席し、メニューを提示されて考えて、注文して、料理が来て、それを目で見て、箸をとり、実際に口に運び、味わって、さらに追加の注文をし、食して、会計をして、預けたコートをもらって、「ありがとうございました」の言葉を受けて、店を出る。

これを当院に置き換えてみるとこんなことになるのかなと想像します。

クリニックに入って、スタッフのあいさつを受けて、診察券を渡して、待合室へ誘導されて着席し、今日の悩みについてどう話をしようかと考えて(あるいは自分のメモを見ながら)、待つ時間のあと、診察室へ誘導され、実際に診察室に入り、着席し、話したいことを話しして、診療という対話を通して少しばかりの希望や対応を持って、診察室を出て、待合室で再び待って、誘導に従い、受付で会計と予約をして、「ありがとうございました」の言葉を受けて、クリニックを出る。

この2つはあるお店に入って、出るまでという過程の中で、保険診療ということ以外、少しも違わない気がします。お店に入るたびに、僕自身、そのお店の中で起こることを無意識にチェックしている気がします。店員さんの対応で、そのお店がどんな準備をしてきたのかをすぐに感じることができます。料理に関する質問につまれば、「ああ、そこまでだな」と内心がっかりします。

僕がこんな細かいことまでに敏感になるのは当院に来てくれた患者さんが当院でどんなことを思って帰るのか、これが一番気になるからです。これが個人商店の主人の性なのかもしれません。自分がそのお店の中で起こったことがスムーズになんの引っかかりもなく進み、ときに少しの感動があれば、一人のお客として心地よい感覚になるのではないか。そんな体験を当院の患者さんにもしてもらいたいです。

2016年2月1日月曜日

ずっと未完成なクリニックでありたい

開業して2年半が過ぎました。開業当初5人のスタッフで始めて現在13人になりましたが、今もひたすらサービスと医療技術の向上を目指す未完成な児童精神科クリニックです。

ニトリの社長、似鳥昭雄さんが言っておられました。

「完成されたものほど、つまらないものはない」

まさに今の僕の気持ちです。当院のスタッフはほとんどがまだ20代であり、僕自身もまだまだ若輩です。僕たちと一緒にちゃんと患者さんを治療したいと思われる精神科医の先生、患者さんに真摯に接したいという受付の方を募集しています。精神科医が大切であることは言うまでもありませんが、はじめて患者さんに対応する受付は精神科医以上に大切な存在であり、その対応で治療の優劣が決まるといっても過言ではありません。

僕がいつもスタッフに要求するのは患者さんがよくなることへの情熱と結果です。今、実力はなくても、いつの日かそうなりたいという情熱を持っている方をお待ちしています。その情熱が結果に結びつくと信じているからです。

ご自身が完成されていると思われる方は当院には来ていただきたくありません。一緒に成長していきたいと思う方をお待ちしております。

これからもずっと、スタッフみんなで一緒に作り上げていく未完成なクリニックでありたいと心から思っています。