2016年3月30日水曜日

人は自分をいじめたがる

子供がこんな風になったのは自分のせいだ、あの時自分が友達に言った言葉のせいで関係が悪くなったんだ、自分がもっとこうしてあげていれば。こういう後悔をよくお聞きします。特に家族や友人など親しい間柄の場合にこの傾向は強いようです。

なぜ人は何か辛いことがあると、いとも簡単に自分のせいにするのかなと考えました。第三者からすれば、そこまで自分を責めなくていいのにと感じることは多い。その理由は自分を責めることが一番簡単で、親しい周囲の人を責めなくて済むからです。自分を責めるということは一種の自傷行為です。自分を傷つけることで一旦、目の前のしんどいことに蓋ができた気分になれる。この行為を続けると、心がしんどくなり、うつ病やうつ状態になるように思います。


本当の目的は悩みや問題の解決のはずです。しかし自分をいじめると、心がしんどくなるので元気がなくなり、余計に問題解決の冷静な判断はできなくなります。そんな時は自分をある程度責めたら、その判断がそれでいいのか周囲の人に相談してほしいなと思います。自分を責めている思考を自分で覆していくことは至難の技です。自分をいじめてもいいことは何もありません。自分のことを大切にしてください。

2016年3月23日水曜日

治療とは緊張を緩めること

先日の連休に臨床動作法という心理療法を勉強してきました。臨床動作法とは1960年代に日本の先生が開発したもので、身体的アプローチから心身ともに緊張を緩和するもので、リラクゼーションにもなります。

緊張は人が生きていく上で自分の身を危険から守るために必要不可欠な機能です。多くの人は毎日生活の中での緊張は避けられません。でもその緊張の度合いが強いと、自律神経が乱れて調節がうまくいかず様々な心身の症状が出現します。精神科に来る人は子供も含めて緊張していない人はいません。本当にリラックスできているなら精神科に来る必要はまずないでしょう。緊張が症状としてでたものが、たとえば子供ならチックですし、大人ならパニック障害などの不安障害です。

臨床動作法は緊張を緩める治療法です。この治療法を学びながら、僕らが日々しいてる精神療法は対話(言語、非言語)を通して緊張を下げるものだと思いました。人は緊張の度合いが過ぎると、その緊張に気づかないようです。逆に言えば、自分の緊張をいかに緩めるのかがとても重要だということです。人は自分を緊張させることは得意ですが、緩和させることは得意ではありません。緊張を下げるものとして食事、睡眠、お風呂、信頼できる人との会話、泣くことや笑うこと、ヨガなどの軽い運動はもちろん、旅行、お酒、薬、鍼灸など、人は緊張を緩めるために様々な手段を用います。ご自身に合った緊張を緩める方法をできるだけたくさん探してみてください(これはそれほど簡単なことではないかもしれません)。そうすることで心身が楽になるだけでなく、心身の病気の予防につながると思います。

2016年3月16日水曜日

大部分の良識のある患者さんのために

電車の中で「車内での携帯電話での通話はご遠慮ください」、レストランで「大きな声での会話はご遠慮ください」など、ルールを守る人にも守らない人にも最初からいろんな注意書きを示されているのを数多く見ます。お店によっては、ペットに関するもの、子連れに関するもの、食べ残しに関するもの、食べ物の持ち込みに関するものなど、注意書きの張り紙だらけで、自分がお客さんとして気分を害することもあります。

この是非はともかくとして、開業してまだ2年半を過ぎたところですが、当院のような小さなお店でも、ごくごくたまに僕たちには理解できない要望をいただきます。診察室にお呼びするのが予約時間を少しでも過ぎるといつ呼んでもらえるのかと窓口へ来られる、待合室の雑誌を持って帰っていいか、以前にもらった診断書をコピーして窓口で渡してくれないか、診断書がやっぱり要らなくなったのでお金を返してくれないか。これまでの僕はあまりにも印象が強かった要望に対しては院内の張り紙でその要望には答えられない旨を掲示していました。掲示しながら僕自身も不快で、本当はこんな掲示なんてしたくないのに、これをどうしたものかとずっと考えてきました。そんな中最近、気づいたことがあります。上記の要望も含めて、あれ?と違和感を感じる患者さんは僕の印象では実は1%に満たない方々でした。しかも開業した当初から比べて確実に減っています。つまり例外中の例外なわけです。その例外中の例外の方に対しての文章を掲示するなんて、残りの99%以上の方に失礼であり関係のない話です。そこで、院内掲示は頻度の多い要望や出来事に対しての掲示だけに絞ることにして、対応できないことは丁寧に口頭でお伝えすることにしました。何が正解かはわかりませんが、僕にとっては大切な経験の一つになりました。当院ではこれからも大部分の良識のある患者さんのために質の高い医療とサービスを提供していきたいと思います。

2016年3月12日土曜日

まだまだ感覚で治療してる

今の僕は定期的に何人かの先生に自分の治療について相談したり見てもらったりしています。その中のある先生に僕の診療で改善すべき点をお聴きしたところ、「先生はまだ感覚で治療していますね」と言われました。この言葉は僕の心にずしりと重く響きました。自分でも思い当たる節があったからです。

精神科医になりたての頃はただ必死にどうしたらいいのかを考え、間違いなく感覚でしていたと思います。ただここ数年は理論や技法に基づいて治療するようになり、変わってきているのではないかと淡い期待を自分の治療に持っていました。もちろん、感覚(センス)は大変大事なことであり、もしかしたら治療の最終型としては感覚が最も大切なのかもしれないとも思います。ただ、今の僕のレベルで感覚を中心にしてしまっているのであれば、それは違う。理論や技法などの基本をまずはちゃんと身につけた上で、感覚ならありですがそれができていないのに感覚が先に来るのは違う。人は「センスがいい」という言葉をよく使いますが、それは基本ができた上でのセンス。感覚やセンスが中心ならそれは単なる我流です。我流でできるほど精神科の診療は甘いものではありません。感覚でするのではなく、基本に立ち返って自分の治療を見つめ直したいと思いました。

2016年3月9日水曜日

最大の広告は日々の医療とサービス

チラシ、宣伝、ホームページなどの広告。どんな業界でも行われていることだと思います。医療機関ももちろんこれを行っています。広告を出すことは自分たちがしていることを広く知ってもらうために必要だとは思います。しかし広告をあまりに一生懸命しているところで、いい医療機関を見たことがない気がします。どんな業界でもこれは同じでしょう。

僕は他の業界のことはわかりませんが、医療においては広告にエネルギーやお金をかけるのなら、医療とサービスの質の向上に力を注ぐべきでしょう。いくらチラシが豪華でも、有名人が出てくる宣伝でも、素晴らしいホームページでも、患者さんが喜んでくれない医療やサービスならいずれ淘汰されるだけだからです。医療機関の最大の広告はチラシ、宣伝、ホームページではなく、日々の医療とサービスです。質の高い医療とサービスを行えば、自ずと患者さんは来てくれる。僕はそう信じています。


2016年3月5日土曜日

患者さんと僕らの感覚の差を埋める作業

自分は患者さんのことをわかっているつもりになっていないか。自分のしていることを患者さんはどう感じているのか。それを追いかけない限り、精神療法やカウンセリングの質の向上はあり得ない。どんな素晴らしい勉強会もどんなに有能な先生のお言葉よりも、目の前の患者さんの言葉や反応が一番大切。これが僕の現段階での結論です。

医者は「患者さんに向き合う」とよく言いますが、実際は独りよがりになっていることが多い気がします。話を聞いている風に見えて結局のところ医者個人の意見を押し付けている、なんてのは一番多いものではないかと思います。もちろんこちらも人間なので、患者さん全員に完全に合わせるのは不可能だとしても、まずは一人一人の患者さんに向き合うことを本気でしないと本当の診療とは言えない気がします。ここでいう向き合うとは患者さんやご家族の考え、ニーズを知り、それに対して応えていく。それだけです(でもこれはそんな簡単なことではなく、実際には技術が必要です)。

僕が診療をしていて一番ストレスを感じるのは、不満げな顔をして帰っていく患者さんを見るときです。こんなことを言っていいのかわかりませんが、僕はこれが耐えられません。医者になってこの10数年の間、僕の診察室から出ていく不満げな患者さんを数多く見てきましたが、医者としては最高にしんどい瞬間です。この表情を見たくないから勉強をしていると言っても過言ではありません。むしろ、この不満げな顔をずっと見過ごせている人たちを見ると、その人の図太さ、強さを感じます。僕は弱いので、それに耐えられません。

じゃあどうしたらいいのかな。そこで診療に対する患者さんと僕らの感覚の差を埋める作業をしようと考えました。具体的には初診の患者さんすべてにアンケートをとることを始めました。初診のあとにその日の診療やカウンセリングを実際どう感じたのかを患者さんから教えてもらう。もちろん本音で。その本音を引き出すことが日本という国ではかなり難しいのが実際に始めてからの実感です。しかしそれを極限まで本音を出しやすくする工夫はこれからの課題です。それを当院のスタッフたちにフィードバックして、アンケートに答えてくれた患者さん、そして次の新しい患者さんに還元していく。これが患者さんに満足してもらうための最も重要な作業であると思っています。

2016年3月2日水曜日

以前の我が子と比べてください

親はどうしても他の子どもさんと我が子を比べたくなるものです。特に発達障害のお子さんをもつ親御さんは幼稚園や学校で他のお子さんと比べて、それでショックを受けられます。もちろん、健常のお子さんとの違いはあるのでそれは否定できません。しかし、それでご自身を責めたりするというのはやめてもらいたいなと思います。自分を責めてしまうと、一番大切な子供と向き合うときのエネルギーが削がれてしまいます。

大切なことは比較の対象は他のお子さんではなく、以前の我が子であるということです。そこで伸びているかが一番大切です。1ヶ月前より、1年前よりも伸びている(できることが増える)ことが大切です。僕がこのように考えるのは、発達障害のお子さんをもつ親御さんがご自身の子供と向き合い、子育てや療育を続けていくことは並大抵のことではないからです。そのためには以前のお子さんと比べてもらうことで、少しでも希望を持って、日々の子育てや療育に向き合ってもらいたいと思います。