2016年6月25日土曜日

キャンセルされるのはこちら側の問題

経営をする立場の人であればどんな職種であれ、キャンセルされるのは大きな打撃です。もちろん僕はそれを開業してから知りましたし、それに対してどうしたらキャンセルを減らすことができるのか悩んできました。でもその答えにこの1年くらい薄々気づくようになり、最近それがはっきりと見えてきました。答えは簡単です。僕たちの治療のレベルを高くして患者さんに満足してもらうことです。そうすればキャンセルは格段に減るはずです。僕たちの治療のレベルと患者さんの満足度が低いからキャンセルされてしまうわけです。つまりはすべてこちら側の問題なのです。これはどの職種でも同じでしょう。

予約がなかなか取れないレストランを人は簡単にキャンセルしません。僕たちがレストランを予約するときに「キャンセル料が発生します」みたいなことをよく言われます。

それはこんな悪循環によるものだと想像します。


そのレストランのレベルとお客さんの満足度が低い
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簡単にキャンセルされてしまう
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経営者はキャンセルされてもいいようにキャンセル料を取る
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お客さんの満足へのハードルが上がるので来なくなる可能性が高まる


どうかすると、キャンセルする客が悪い、みたいになるわけです。これっておかしいですよね。それにキャンセル料のことを言われて喜ぶお客さんはいないでしょう。

こんな僕もキャンセル料について考えたことがないと言えば嘘になります。一瞬、キャンセル料を取ろうかと頭をよぎったこともあります。でも何か違和感があったんです。なぜならキャンセル料と言われて、自分が不快だったから。今は治療のレベルと患者さんの満足度さえあげればその必要がないのだと確信しています。当院は今はまだキャンセルがありますが、これをどんどん減らしていきたい。そのためにすることは僕たちの治療レベルと患者さんの満足度を上げること、それに集中していきたいです。


2016年6月19日日曜日

力をもらいに



今年はお遍路に行けなかったので、自分の力の補充のために福岡県と大分県の境にある英彦山(ひこさん)に行ってきました。僕も名前しか知らなかったのですが、英彦山は山伏の修験道場として日本三大修験山の一つだそうです。山伏の人たちが精神や武術を鍛えるための修験道場で僕も精神が鍛えられたらいいなと何の気なしに行ってきました。標高は約1200mで頂上からは雲海が広がり、雨の中霧まであってなんとも幻想的な場所でした。頂上にある英彦山神宮上宮まで徒歩で2時間くらいで行けました。この上宮に入って、僕はなぜか「優しさ」を感じました。力をもらえて、また診療に臨めと応援していただいた気持ちになりました。自然と神の力に感謝です。

2016年6月11日土曜日

人が治るのをただそばで見ているだけなのかも

一人の人であれ、家族であれ、会社などの組織であれ、日々いろんな問題が起こります。でもその時、そこにいる人たちが自分の力や周囲の協力、あるいは偶然の出来事によって多くの問題は解決します。それらの努力のもとにそれでも問題が解決しない場合に、いろんな相談機関に相談に行くことになると思います。その一つに医療機関があり、そこで僕はお話をお聴きします。

患者さんたちを見ていて、何らかの問題が解決する人たちの中には大きく3つの種類があると感じています。①まったく偶然の出来事によるもの、②それまでにはなかった周囲の人たちの関わり、そして最後に③僕たちの介入(治療)です。最近、僕は自分が診せてもらった患者さんの振り返りをしています。その中で明らかに自分の介入によってよくなるものもあります。

ところがその考えが少しずつ変わってきました。少し前までは「僕がなんとかしてやる」と思いが大きかったのですが、最近は僕の前に現れた方々が治るのをただそばで見ているだけという気がしてきました。でもそれはよく考えてみると当たり前です。その人の生活の中で僕が知っている範囲は限られているし、関与できる範囲も限られている、もちろん未来も予測できない。治療者としてすごく不遜な考えだったと思います。大きなその人の人生の中で、治療者はその人にとって小さな基点になるくらいがせいぜいだと思うほうが自然なのかもしれません。そう思うことで僕たち治療者にとっても肩の力を抜いて治療に臨める。こんなことを感じました。


2016年6月4日土曜日

僕は治し屋

専門家としてのご意見をお願いします、医師としてはどう思われますか?、精神科医として見た場合にどうですか?。そんな言葉をたくさん聴いてきたし、これからも言われることになるのでしょう。でも僕はこれらの言葉にはどうしても違和感を覚えます。専門家として見られることは仕方ないにしても、僕自身は自分がそんなに専門家だとは自覚していません。そんな自分の気持ちをどう表現したらいいのか、自分にしっくりくる言葉がないなあと思ってきました。

そんな中、先日のプロフェッショナルで作曲家の佐藤直紀さんの言葉に出会いました。「僕は作曲家ではなく、どちらかといえば、作曲屋。みんなが喜んでくれるならパンツも脱ぎますってことです」。これだ!って思いました。

僕は専門家でも医師でも精神科医でもなく、何かに悩む人が楽になりたいというオーダーに対して答えられる、そんな治し屋でありたいです。