2025年4月11日金曜日

苦労に勝ち負けはない

自分の苦労を語って人に説教する人を見かける。苦労というものは人と比べるものではないと思う。苦労がどんなものであれ、その人が苦労したと思えばそれは苦労だからだ。他人があれこれ評価するものではない。

2025年4月4日金曜日

障害受容は葛藤している方がいい

発達障害、知的障害の方、そのご家族から「障害を受容したほうがいいのはわかっているけど、それがなかなかできない」というお話をよくお聞きする。僕はそれでいいと思う。いや、それがいいと思う。障害を受容しすぎると「もうこれでいいんだ」「自分にはこれ以上できないんだ」と納得しすぎてそこからご自身の成長への取り組みをやめてしまうからだ。人は葛藤しているからこそ、そこから抜け出したくて道を模索し努力するのだ。何らかの葛藤なしに人が努力することはない。障害の有無にかかわらず人は成長できる。そのためには障害受容について葛藤を続けることはとても大切なことだと思う。


2025年3月28日金曜日

疲れていると人はありもしないことを考えてしまう

僕は仕事柄、親御さんが子どもをとても大切にしている光景をよく見る。なんでもない当たり前の日常だ。でも年に数回、こんなにも守ってくれる人がいるなんていいなって思ってしまう。なんとも情けない話だが、疲れていると人はありもしないことを考えてしまうようだ。

2025年3月21日金曜日

週末の電車の中で

 先日ある人に会ってお酒を飲んで遅い時間のJRに乗った。大阪駅まで25分ほどの距離だ。土曜日の夜9時を過ぎた電車の中は人が多かったが、たまたま2人掛けの1つの席が空いていたのでほっとしながら座ろうとしたら2人掛けの席の真ん中から20㎝ほどはみ出すくらい足を広げて大柄の若い男性が座ってスマホを見つめていた。あ、だから混雑してる電車でもみんなここには座らなかったのかと気づいた。疲れていた僕はとにかく座れるだけでいいと思って座った。でもその男性は姿勢を変える様子もなく、そのままスマホを見つめていた。イラっとして僕も20㎝横に押されながらも自分の足を前に出してみた。もちろんその男性は姿勢を変えない。ふとそんなことで張り合っている自分が馬鹿に思えてきて、座席に深く座りなおして足を引いた。そのあとの電車の時間はできるだけ自分がイラつかないようにと仕事のことを考えてその男性から気をそらすことを続けた。僕が先に降りることになったのだが、なんだか自分が人としての階段をひとつ上れた気がした。

2025年3月14日金曜日

歳を重ねることは想像力がつくこと

 先日、レストランで大声で店員さんに怒鳴っている若い人を見て、僕の横にいた年配の方が「若いな」とぼそっとつぶやいていた。自分のことを思い出した。30代前半のころ、お店で店員さんの態度に僕が怒って父に愚痴っていると父から「それくらいええやないか。そんなことで怒ってどうするねん」と諭されたことがあった。当時の僕は間違ってるものは間違ってると確信していたので父の言葉は僕にはまったく響かなかった。でも年齢が上がってくると、相手の背景や事情、怒ったあとの自分へのストレスやその後の流れを想像するようになり、その瞬間は腹が立ってもそれを維持することが馬鹿らしくなった。すると許せる範囲が勝手に広がった。

個人差はあるだろうが、歳を重ねるということは想像力がつくことなのだと思う。

2025年3月7日金曜日

みかんの声が聞こえるようになりたい

NHKの小さな旅という番組。先日は愛媛県でみかん農家を経営する60歳の男性が出ておられた。みかん農家の家に生まれ、小学生のときからみかんの収穫をしてきたという。少しでもおいしいみかんを作ることを目標にされているそうだ。

みかんの声が聞こえるようになりたい。「お腹すいたよ」「のどが渇いたよ」もっといいのは「今が一番おいしい時期だから収穫して。これ以上置いておくと美味しくなくなるよ」。でもまだ全然みかんの声が聞こえない。それが聞こえたら幸せだと思う。

その男性はこれを話しながら少し涙が出そうになっているように僕には見えた。

自分の仕事を極めようとする人はみんな、こんなことを考えるのだと思う。

2025年2月28日金曜日

人は矛盾していてもいい

徹頭徹尾、考えと行動が一貫してる人なんてこの世にいるんだろうか。矛盾の中で葛藤しているのが人だと思う。

2025年2月21日金曜日

会社やお店の規模は小さいほうがいい

 NHKの「小さな旅」という番組で、先日、田舎の小さな鉄道会社が出ていた。電車に乗りたい人がいないかを駅の外まで駅員さんが確認しにいくらしい。都会の駅では考えられない光景だ。やはり会社やお店の規模は小さいほうがいいと思った。規模が小さいからこそお客さんに少しの気遣いができる。


2025年2月14日金曜日

それが良かった

人生って思い通りにならないのは当たり前だけど、望んだ通りにならなかったことって全部あとから振り替えると「それが良かった」って思うことだった。

2025年2月7日金曜日

大人の定義

 15年ほど前だろうか。伊集院静さんの「大人の流儀」を愛読していた時期があった。今振り返ると、大人になりたかったのだと思う。大人の定義ってなんだろう。人それぞれあるのは当然にしても、僕にとって大人とは視野が広い。人は心に余裕がなくなると、自然と視野は狭くなる。見る角度の数が減る。逆に、心に余裕があると視野は広くなる。見る角度の数が増える。でも僕が見て来た本当の大人って心に余裕がないはずの時でも視野が広いまま(見る角度が多いまま)でいられる人。そんなことを考える僕はいまだに大人になりたいのだと思う。

2025年1月31日金曜日

人生は「初めて」の連続

 本当に時々だが人生に答えが出たようなことを言う人を見る。そんなことが人生という短い時間に可能だろうか。本当に答えが出ているならその人はもう悩んだり、苦しんだりすることはないだろう。おそらく、答えが出たと思っているのは一時の勘違いだ。人はみんないくつになっても悩み、苦しんでいる。歳を取れば確かに困難にぶつかる頻度は減る。「初めて」が減るからだ。それでも「初めて」はやってくる。だからこそ人は成長し続けられるのだと思う。わかったようなことを言ってはいけない。そう思う。

2025年1月24日金曜日

お店にオーナーがいることは大切

 日曜日の朝にコンビニにパンを買いに行った。3つほど買って会計しようとすると手ぶらの僕を見て中年に見える女性の店員さんが「袋に入れましょうか?」と小さなビニール袋に入れてくれた。ビニール袋が有料化されて以来、お金を払わずビニール袋に入れてもらったのは初めてだった。びっくりした僕はその女性の顔をもう一度見て、その態度や動きから「この人はオーナーさんだな」と思った。

 すべてとは言わないがオーナーが自分で働いているお店はスタッフの人の動きが違う。そこに緊張感があり、心がこもっているからだ。お客さんはそういうことに敏感だ。そのお店の人たちの気持ちが一番現れる場所はトイレだ。トイレが汚いお店で全体としていいお店だなと思えるところは少ない。トイレがきれいなお店は全体として満足できることが多い。お客さんを心からお迎えしようと思えば、おのずとトイレをきれいにしたくなるからだ。オーナーが自分で働いているお店はトイレがきれいなことが多い。お店にオーナーがいることは大切だと思う。

2025年1月17日金曜日

人はそのときの心という器の残量で思考と行動が決まる

ある早朝のこと、僕は用事があって大通りに停車した車の中にいた。その通りは片方の車線だけでも3車線、両側通行なので6車線ある大きな通りであった。そこを食材が入った大きな箱を自転車の前と後ろに乗せた年配の男性が赤信号を無視して通ろうとしていた。朝早いので車の通りは多くないものの、けっこうなスピードで何台もの車が通って行く。それらをかいくぐるように6車線を越えようとしていた。いたたまれない気持ちになった。身体に鞭を打って仕事の食材を買いに行った帰りなのかもしれない。納期の時間が迫っているのかもしれない。社長に言われて嫌だけど無理して運んでいるのかもしれない。いろんな想像をしながら思ったことがある。人はそのときの心という器の残量で思考と行動が決まる。心の余裕が大切なんだ。かと言ってそんなことがいつもできるほど人生は悠長には待ってくれない。だからこそ自分の日常を振り返って、心に余裕を残すための方法を模索しよう。その男性の姿を見てそう思った。

2025年1月10日金曜日

一人で過ごす時間は心を満たしてくれる

僕は時間が空くといろんなことをしたくなって、予定を詰め込んでしまう。先日も同じ轍を踏んでいると、風邪を引いた。風邪をひくとさすがの僕もどうしようもないので家でじっとするしかない。その日もそうやって家で一人でいると、静寂の中で本を読んだり、文章を書いたりしていると心が充満してきた。そのおかげで翌日の診療をうまくできた。

誰もいないところで一人で過ごす時間は心を満たしてくれる。


2025年1月3日金曜日

頑張っていればいつかチャンスはやって来る

「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら君を下足番にしておかぬ」

阪急の創業者の小林一三の言葉である。

今自分に与えられていることを一生懸命していれば、いつか這い上がれるチャンスが来る。このブログを読んでくださっている方の中に今よりも上に上がって行きたいと思っている人がいると思う。昇進や出世ではなくとも今より良くなりたいと一生懸命に生きている人がいると思う。そんな人たちに向けて今年最初の言葉としてお送りしたい。