2021年5月28日金曜日

人は自分の存在を肯定しながら、なんとか生きている

仕事、育児、親の介護、飼い犬のお世話、地域へのボランティア。テーマは何であっても、人は自分がいてもいいんだと思いながら、なんとか生きているのだと思います。

2021年5月21日金曜日

生きることは自由を追求していくことかもしれない

1964年に福永光司さんが書かれた中公新書の「荘子」はこんな言葉で始まります。

人間はだれでも自由でありたいと願う。人間がだれでも自由でありたいと願うのは、人間が現実に不自由だからである。

 この文章を見たとき、心の真ん中を貫かれたと思うくらいドキッとしました。人は不自由なものです。その不自由さに慣れすぎて、それさえ意識していないのかもしれません。自由になりたい。どうすればもっとも自由に近づけるのか。それを追及していくために生きているのかもしれません。

2021年5月14日金曜日

何かを為したかではなく、何を為そうとしたのか

 人間の真価は、彼が死んだ時、何かを為したかではなく、何を為そうとしたのかである。

作家の山本周五郎さんの言葉です。辛い少年時代、極貧生活を経て、夢だった小説家になった山本さんは直木賞を受賞を辞退しました。


「文学とは文学賞のためにあるのではない。小説は人の楽しんでもらうためにだけ存在すればいい。芸術とは大衆のものである」


そう考えたそうです。受賞することの是非という話ではなく、人としてとても大切なことを教えてくれている気がします。

2021年5月7日金曜日

衣食、心の余裕足って、礼節を知る

衣食足って礼節を知る

有名な言葉です。

衣食は人が生きる上での生命を維持するための根源なので間違いありません。ただ、それらが足りていることが多い今の日本においてはもう一つ必要な気がします。

衣食、心の余裕足って、礼節を知る

自分を含めてそう思います。