2019年7月26日金曜日

人は自分を慰めてほしいもの

人は誰でも自分を慰めてほしいものです。その慰めをしてくれるのは人だけとは限りません。それは本だったり、映画だったり、花だったり、絵だったりするかもしれません。何によってであれ、人は何かに慰めを求めるものだと思います。なぜなら傷ついていない人はいないから。

2019年7月19日金曜日

がんばってるとつい人に言いたくなってしまうけど

レストランに入って、そこのオーナーシェフの方が料理について丁寧に説明してくれると、その料理がさらにおいしく感じられてうれしいものです。でももしその説明が長かったり、自慢が入ってくると、そのうれしかった気持ちがだんだん萎えてきます。これは本当に微妙なラインだなと思います。人はがんばっていると、つい自分の努力やがんばり、苦労、それが発展していかに自分が素晴らしいのか、いかに他のお店と違うのかなどの自論を展開したくなってしまいます。それは言うなればがんばっている証拠であるとも言えます。ただ、相手の反応を見ながら話さないと、せっかくのいい話が面倒くさい話にすり替わってしまいます。僕もついつい自論を言いたくなる時があるので、レストランでの料理の説明が長いときにはっとさせられます。

2019年7月12日金曜日

幸せは日常で見つける

僕は日常に疲れてここから離れて遠くに行きたくなることがあります。それで実際に行ってみて、そこで癒されて元気になって帰ってきます。ただその元気は正直なところ1日くらいしか持ちません。そんなことを10年以上もやってきました。それでようやく気付いたことは日常を楽に楽しくするしか方法はないということでした。人の人生の大半は非日常ではなく、日常で占められています。その日常をいかに楽に楽しくするか。さらに言うなら日常の中に幸せを見つけられるか。それが重要だと思います。日常が幸せであれば、たまに旅に出た時間も幸せですが、日常に帰ってからも幸せでいられます。

2019年7月5日金曜日

精神療法に自分の強い思いは邪魔になる

人はそれぞれ自分なりの経験や周囲からの教えを通して、「~であるべきだ」というような強い思いを持つことがあります。これは人生において困難に出会ったときに、それを乗り越えていくための助けやエネルギーになることがあります。その強い思いは人生において非常に大切なものと言えるでしょう。ただ、それは人に楽になってもらうための精神神療法では邪魔になることがあります。もしその人の口から出た内容が自分の強い思いとずれていたり、反対の内容が出てくると、どうしても普段から自分が大切にしている自分の強い思いが先行して、その人の話を否定的に捉えてしまいます(これは無意識下でも起こっていることがあります)。すると、話をしている人の立場としては否定されたと捉えてしまい、治療はうまくいかなくなります。精神科医も人ですので、当然何らかの自分の強い思いはあります。ただ、精神療法を行う際、つまり人の話を聞くときにはその強い思いは横に置くという切り替えができることが大切です。これは僕自身も常に気を付けなければならないと思っています。