2021年6月11日金曜日

今のこの時間は必要な時間かもしれない

どうしようもなく辛い時。もしかしたら今のこの時間は必要な時間なのかもしれません。いつかこれが思い出になったり、実は意味がある時間であったりするかもしれません。

2021年6月4日金曜日

ADHDという特性を持って大人として生きることは、きれいごとばかりでは済まない

偉人の中にはADHDが多い、ADHDの人たちには個性があり、その個性を生かしていきればいい。そんな文言をよく目にします。ところが最近、自身がADHDである著者の本の一節にこんなことが書いてありました。


 ADHDの大人は、子どもの心を持ったまま厳しい大人の世界を生き残らないといけない


たしかにそうかもしれません。子どものように、いろんなことに興味を持ち、思ったことをそのまま行動に移す。そこに決して悪意はありません。ただ、それで大人の社会を生きるには簡単ではありません。実際にADHDという特性を持って大人として生きることは、きれいごとばかりでは済まないことがあるのだと思います。

2021年5月28日金曜日

人は自分の存在を肯定しながら、なんとか生きている

仕事、育児、親の介護、飼い犬のお世話、地域へのボランティア。テーマは何であっても、人は自分がいてもいいんだと思いながら、なんとか生きているのだと思います。

2021年5月21日金曜日

生きることは自由を追求していくことかもしれない

1964年に福永光司さんが書かれた中公新書の「荘子」はこんな言葉で始まります。

人間はだれでも自由でありたいと願う。人間がだれでも自由でありたいと願うのは、人間が現実に不自由だからである。

 この文章を見たとき、心の真ん中を貫かれたと思うくらいドキッとしました。人は不自由なものです。その不自由さに慣れすぎて、それさえ意識していないのかもしれません。自由になりたい。どうすればもっとも自由に近づけるのか。それを追及していくために生きているのかもしれません。

2021年5月14日金曜日

何かを為したかではなく、何を為そうとしたのか

 人間の真価は、彼が死んだ時、何かを為したかではなく、何を為そうとしたのかである。

作家の山本周五郎さんの言葉です。辛い少年時代、極貧生活を経て、夢だった小説家になった山本さんは直木賞を受賞を辞退しました。


「文学とは文学賞のためにあるのではない。小説は人の楽しんでもらうためにだけ存在すればいい。芸術とは大衆のものである」


そう考えたそうです。受賞することの是非という話ではなく、人としてとても大切なことを教えてくれている気がします。

2021年5月7日金曜日

衣食、心の余裕足って、礼節を知る

衣食足って礼節を知る

有名な言葉です。

衣食は人が生きる上での生命を維持するための根源なので間違いありません。ただ、それらが足りていることが多い今の日本においてはもう一つ必要な気がします。

衣食、心の余裕足って、礼節を知る

自分を含めてそう思います。

2021年4月30日金曜日

必ずいつか死ぬんだから

 先日、脚本家の橋田寿賀子さんが亡くなられました。戦争中に空襲を経験し、山形に来たとき、稲穂が成る姿を見てこう思ったそうです。

「一面が黄金なんです。は?これ日本?戦争があっても国が残る。まだ日本が死なない、じゃあ私も死ねない。そのときから一生懸命生きようと思いましたね。必ずいつか死ぬんだから、いま一生懸命好きなことをやって生きよう。精いっぱいいいこと、人のためになることをしよう。人の役に立つことをしよう。死を考えているからできることってあるんだと思うんです」


戦争を経験した人が偉いとか、苦労を知ってる人が偉いとか、そんな話ではありません。そのくらい生に対して崇高で謙虚なのだと思います。


戦争を経験した人はたしかにすごいですが、戦争を経験してなくても、人はその人なりに自分の人生の中で戦争に相当するくらいの戦い、危機を感じながら生きているわけです。そんなことより、橋田寿賀子さんがおっしゃるように、「必ずいつか死ぬんだから、いま一生懸命好きなことをやって生きよう」。そう思って生きることが、一人一人の人生を豊かにし、それがその周囲の人、行く末は社会、世界に広がるのではないかと思います。なにも偉そうことをしなくていい。自分の人生を一生懸命生きれば、それでいい。そんな気がしてなりません。

2021年4月23日金曜日

沖縄の天気

以前沖縄に行った時、その日はあいにく曇り空でした。

僕が空を見上げていると、ホテルのフロントの方が「申し訳ありません、今日の天気は沖縄らしくなくて」。

その日の天気なんてその方のせいではありません。ホテルマンとしてプロに徹すると、こんな言葉も自然に出てくるものなのか。内心、うなってしまいました。

ふとしたときの言葉にはその心が表われます。頭が下がる経験でした。

2021年4月16日金曜日

人生はアップで見ると悲劇だが、ロングで見れば喜劇だ

僕はチャップリンのこの言葉が大好きです。こんなに短い言葉で人を勇気づけることができるなんて、かっこよすぎます。

2021年4月9日金曜日

物事は常に両方向から見たほうがいい

自分のことを責めてはいけない

最近、よく言われる言葉です。僕もいつもそう思って生きています。でも、この考え方だけでほんとに大丈夫かなと不安になるときもあります。なぜなら、この言葉はどこかで立ち上がれないほど自分を否定された経験のある人に響く言葉です。逆に、生まれた時からずっと肯定されてきた人にとっては、「自分を責めないで」なんて言われても、「そんなことしたことないよ」ってなると思います。

古代中国に「陰と陽」という言葉があるように、物事は常に両方向から見たほうがいいんだなと思います。

2021年4月2日金曜日

見ず知らずの人にも人は救ってもらえる可能性がある

人は精神的に辛くなると、こんな状態を誰も分かってくれない、自分だけがこんなに辛いんだと思うようになります。孤独ほど辛いものはありません。そんなとき、見ず知らずの人でも自分より辛い人を見ると安心することがあると思います。それは決して自分より辛い人を見下すとかいうものではありません。辛いのは自分だけじゃないと思えると、ふっと気持ちが救われるからです。たとえ周りに理解者がいなくても、そうやって見ず知らずの人にも人は救ってもらえる可能性があるということだと思います。

2021年3月26日金曜日

自分も相手も許す

そんなことができたら、今と違う景色が見えてくる。今よりもずっと楽になれる。そんな気がします。 

2021年3月19日金曜日

ほとんどの人の言葉には傷つかなくていい

我々に関する悪評は、しばしば本当は我々にあてられているのではなく、まったく別の理由から出る腹立ちや不機嫌の表明なのである 


ニーチェの言葉です。これを読むと、人は100年以上前も今も変わっていないのだと思いました。そして、わかってはいましたが改めて、ほとんどの人の言葉には傷つかなくていいんだという安心感が同時にやってきました。

2021年3月12日金曜日

2021年3月5日金曜日

人は一貫性なんてなくていい

「あの人は昔言ってたことと、今言ってることが違う」

「相手によって言うことを変えている」

「八方美人だ」

このように人は一貫性がないと批判されます。それに慣れているので、それを無意識に自分にも当てはめることになります。

「人はこうあるべきだ。だから自分はこうでなくてはならない」

自分との対話で、自分を責めるのです。

自分も他の人も、人は一貫性なんてなくていい。そう思います。なぜなら人は周囲の状況や関係性の中で変化し続け、そのおかげでこれまで生き延びてこられたからです。

2021年2月26日金曜日

もしかしたらできるかもしれないと思って取り組む

何かに取り組むときに、「どうせできないだろうな」と思うとき、「もしかしたらできるかもしれない」と思うときがあります。

この2つはあとあと大きく違ってきます。

どうせできないと思うと、基本の視線ができない方向に向いてるので、できそうなことでもできないように見えてきます。もしかしたらできるかもしれないと思うと、基本の視線ができる方向に向いてるので、できる材料や理由に目が向きます。同じことに取り組むのでも結果が違ってきます。

2021年2月19日金曜日

名言はそのとき自分が楽なほうを選べばいい

 

 世の中には名言がたくさんあります。でもその言葉を比較してみると、まるで反対のことを言っている場合がよくあります。たとえば、今日一日だけを見て生きることが大切だ、という言葉があります。一方で、目の前のことだけでなく長く見て生きることが大切だ、という言葉があります。これらはどちらも正しいと言えます。人は苦しいとき、一つの言葉が心を楽にしてくれることがあります。そのときにどんな言葉を選ぶかは、自分が楽になるほうを選べばいいと思います。

2021年2月12日金曜日

運命を努力で覆す

 

運命を努力で覆す


 NHKの「逆転人生」の中で出てきた言葉です。人は運命に抗することなんてできない。それはみんながわかっていることです。でも人生で一度くらいはこの言葉を信じたくなることがあるように思います。

2021年2月5日金曜日

何を恥と感じるかで、その人間がわかる

 

先日の新聞で蜷川幸雄さんのことが書かれていました。恥という言葉はあまりいいニュアンスの言葉ではありませんが、蜷川さんはそれをパワーに変えて生きた方だったようです。その蜷川さんの哲学が「何を恥と感じるかで、その人間がわかる」でした。思わず、うなずいてしまいました。

2021年1月29日金曜日

何もないときにも支えになれたら

 

患者さんを支えている人は医療者だけではありません。一人の患者さんをたくさんの周囲の人が支えています。ただ、状況や内容によっては周囲の人に頼れない場合もあります。

「相談できるところがあるというだけで、安心なんです」

患者さんの中にはこんなことを言ってくださる方がおられます。

人は有事に誰かに頼れると思えると、心が丈夫になります。何かがあるときに支えになるのは当たり前ですが、何もない時にもその人にとっての支えの1つになる。それも僕ら医療者の大切な仕事だと思います。

2021年1月22日金曜日

勝ちたすぎるとダメですね

 ずっと必ず予約録画して見ていたNHKのプロフェッショナルをここ数年ほんとに見なくなりました。がんばるとか、一流とか、追い立てられるようなことがしんどくなってしまったのかもしれません。でも、好きな人が出ているときはどうしても見てしまいます。 先日の卓球の石川佳純選手でした。一流選手でありながら、自分を大きく見せない等身大な姿がとても好きです。


「勝ちたすぎるとダメですね」


石川選手の言葉です。石川選手と僕を比べるのは石川選手にとても失礼ですが、僕も同じことを思っているなと思いました。治したすぎるとダメなんです。患者さんの問題や症状を治したいと思えば思うほど、肩に力が入って、治療はうまくいかなくなります。視野が狭くなって、見えるものも見えなくなってしまうからだと思います。変な話ですが、治したい気持ちは持ちながらも、それは一旦横に置いて、その時自分ができることをする。それがいい結果をもたらしてくれると思っています。


2021年1月15日金曜日

自己愛は基本

 「自己愛が強い」という言葉を聴きます。日本語のニュアンスとしては、あまりいい意味には使いません。でもそれはどうなのでしょうか。 自己を愛することほど大切なことはない気がします。最も身近な自分という存在を愛せない人が、他の人を愛することができるのかと思います。まず自分を愛することができて、初めて他の人を愛することができるのではないでしょうか。

2021年1月9日土曜日

今この瞬間にも禍福の両方がある

 今我慢してがんばればいつか楽ができる時間が来るだろう。それを励みにしてがんばることがあると思います。それももちろん生きていく上で大きなエネルギーになります。でも実際にその場に立ってみると、そこに広がる景色は相変わらずしんどい。そんなこともあります。すると落胆や腹立たしさを感じます。それなら遠くを見て耐える、我慢すると考えるのではなく、今この瞬間を生きてその中には禍福の両方があると考えたほうがいいのではないか。そう思います。


2021年1月1日金曜日

みなさまにとって良い一年になりますように

2021年が始まりました。明けましておめでとうございます。 

世界中の人の幸せを願うなんてことは言えませんが、このブログを読んでくださっている方をはじめ、少なくとも僕が少しでも関わるすべての方々にとって良い一年になることを祈念します。