不思議なもので、 毎年クリスマスあたりから年末年始にかけては街を歩く人たちの表情が明るく、ワクワクしているように見えます。この時期というものがそうさせるのか、僕が勝手にワクワクしているからそう見えるのかはわかりませんが。。いずれにしても、普段はせわしなく、目の前のことに一生懸命生きている人たちが、一年に一度くらいはそんな時間があってもいいんじゃないか。そう思います。ほんのひと時でもホッとする時間。少し立ち止まって見る時間。そんな年末年始をお過ごしください。
2021年12月31日金曜日
2021年12月24日金曜日
2021年12月17日金曜日
自分以上に自分を大切にしてくれる人はいない
自分の人生を生きるのは自分です。他の人が代わりに生きることはできません。どんなに近い人でも、それはできません。自分以上に自分を大切にしてくれる人はいないのです。
2021年12月10日金曜日
幸せは探しに行くものではなく、見つけるもの
いろいろなプロデュースや企画をされている小山薫堂さんの言葉です。視点といい、言葉の表現といい、さすがはその道のプロだとうならせられました。この気持ちで生きると、幸せになれる気がします。
2021年12月3日金曜日
自分を大切にするからこそ、いい医療ができる
スポーツを感動の物語に仕立てることは、実はとても大きな危険がある。ある駅伝で転倒して骨折した選手が中継地点までの200mを四つん這いで進んでタスキをつなげた。それをメディアが美談として報道した。これは間違いだ。なぜなら這ってでもタスキを渡すという行為をまねる子どもたちが出てきかねないから。
元マラソン選手の有本裕子さんが先日の夕刊で書かれていた文章です。これを読んだとき、医療と重ねました。医療者は自分を犠牲にして仕事をすることが美徳とされて久しいですが、今もそれはまかり通っているように思います。本当にいい医療がしたいなら、自分を犠牲にしてはいけません。それで余裕がなくなり、次の判断を誤ることがあるからです。自分を大切にするからこそ、いい医療ができるのだと僕は思います。
2021年11月26日金曜日
人生は自分にとって必要なものを探す旅
年齢を重ねると、自分にとって大切なこと、大切でないことがおのずとはっきりしてきます。それまでの経験と体力の変化が影響しているのでしょう。その人にとって本当に大切なのは、死ぬ直前までしていることです。生物としての、食べること、寝ることはそのいい例です。
俳優の梅宮辰夫さんは亡くなる直前まで料理のレシピを書いていたそうです。それこそが梅宮さんにとって本当に大切なものだったのだと思います。人はみんな、自分にとって本当に大切なことを見つけるために生きているのかもしれません。
2021年11月19日金曜日
すべてのことは必ず過ぎ去っていく
NHKの「逆転人生」でこんなお話がありました。36歳のときにお父さんが急死されたことで受け継いだ40億円の借金を完済して、今も居酒屋の経営を続けておられる湯澤剛さんでした。当時、その借金について計算すると、月々の返済額は3000万円、返済期間は80年だったそうです。それでは寿命も間に合いません。途方もない数字に、湯澤さんは頑張る期間を5年と決め、ハンガーにその日数を書いた紙をかけて、毎日1日が終わったら、ご夫婦でそれをめくることを1日の終わりの儀式にされていたそうです。その日1日、何もいいことがなくても、とにかくゴールには近づいている。それを実感するためでした。
人は途方に暮れてしまうと、絶望するものですが、自分のがんばる期間の終わりを決めるというこの発想によって、生き延びようとされたのです。
「すべてのことは過ぎ去っていく」
湯澤さんの言葉です。辛い時に、この言葉を思い出したいと思いました。
2021年11月12日金曜日
結果は自分の関与できることではない
あるお坊さんの講義を聞きました。
私たちはみんな、自分が望むとおりになると思ってる。あるいは、望むとおりにならないといけないと思ってる。望むとおりになることが、いいことだと思ってる。でも、実際の人生では、望んだとおりにすべてがいくわけではない。
人生は望みとおりにならないから辛いわけではなく、人生が望みとおりになると思うから辛くなる。あるいは人生が望み通りになることがいいことだと思うから辛くなる。
ダメだったからって、辛くなることはない。「あ、ダメだったんだ」と思えばいい。それでもやりたかったら、もう一回やればいい。その元気がなかったら、やめればいい。未練があるなら、もう一回やればいい。なにも、辛くならなくっていい。
そう考えると、人生に臨むときの心得は、努力することが自分のすることであり、結果は自分の関与できることではない。
僕は特に最後の言葉にとても勇気づけられました。
2021年11月5日金曜日
歴史は人の生そのもの
最近、ブラタモリという番組が好きになってよく見ています。タレントのタモリさんが日本の各地を訪ねて、専門家の方と一緒にその地域の歴史について教えてくれます。
まず驚くのは、タモリさんの博覧強記としか言えない知識の豊富さとずば抜けた想像力です。しかもそれを語っておられるときにまったく嫌みを感じない。それがその年齢になられたからなのか、元からのお人柄なのか。お会いもしたことのない僕にとっては全くわかる由もないのですが、とにかく聞いていて違和感がないのです。
そして、その中で出てくる先人たちの知恵や生きる力。歴史はもともと好きなのですが、何よりも歴史は心を癒してくれます。それがなぜ癒しになるのか自分でもわからなかったのですが、最近気づきました。歴史は人の生そのものです。それによって今を生きるのに、とても多くの示唆を与えてくれます。それともう一つ。歴史は非日常の世界へ誘ってくれます。これもまた癒しのポイントです。歴史好きの人たちが多いことには、とても納得できます。
2021年10月29日金曜日
二回感動した運動会
10月にも関わらずとても暑い日。子どもたちの運動会に行ってきました。毎年のことなので行く前から自分でもわかっていたのですが、子どもたちの姿を見ているだけで、涙が出ます。特に何を思い出すわけでもないのに、感情がこみ上げてくる。いつもサングラスに助けられます。子どもたちの演技が終わって、ふと横を見ると他のお母さんたちがうつむきながら涙を隠していました。そして、何事もなかったかのように「暑かったねー」「そうだよねー」と帰っていきました。わが子を思う親の気持ちはみんな同じ。最後にもう一度感動をくれた運動会でした。
2021年10月22日金曜日
夢や計画がなくてもいい
2021年10月15日金曜日
それが当たり前に見えないとき、人は幸せに近づく
健康、家族、安全、空気、水。なんでもいいです。その人にとって一見当たり前に見えることが、実は当たり前じゃないと気付いたとき、その人はまた一つ幸せに近づくのではないかと思います。
2021年10月8日金曜日
患者さんがいてくれるから、僕は存在できる
患者さんからお礼の言葉をいただけることがあります。それはとてもありがたいことですが、僕はその逆もあると思っています。患者さんがいてくれてはじめて、精神科医としての自分が存在できます。患者さんが楽になってくれるから、僕は力をもらえるし、仕事のやりがいを感じることができます。ありがとうございます。
2021年10月1日金曜日
誰かがあなたを見てくれている
批判する人の多くは声を大きくするが、賞賛する人の多くは、わざわざ声を大きくしない。
批判は聞こえやすいですが、賞賛は聞こえにくいものです。自分への批判ばかりで、賞賛がないように見えますが、実際はそうではありません。人知れず、誰かがあなたを見てくれています。
2021年9月24日金曜日
「おれってすごいでしょ」に疲れた、という言葉
ライターの 古賀史健さんがこんなことをおっしゃっておられました。
「おれってすごいでしょ」競争に疲れたから、今その気持ちは全くない
これを聞いたとき、なんか気持ちが楽になりました。僕は「おれってすごいでしょ」というニュアンスのことを聞くのがしんどいので、自分はしないようにしてきました。でもそれって、自分を抑えているだけで、頭で考えてることは同じです。たしかに、それが自分の存在を維持するために必要な場合もあります。でも、それ自体がしんどいことだということに気づいていませんでした。そこに力を使うことはやめよう。そう思えました。
2021年9月17日金曜日
専門家という言葉が苦手
以前にもブログに書いたことがあるのですが、僕は専門家と言われるのが苦手です。そう呼ばれれば、できる限りのことはしますが、自分からその言葉を口にはしません。僕にとって専門家と言う言葉は、「その分野のことはすべて知ってる人」と聞こえます。もちろん勉強はしていますが、僕は自分をそこまで思えません。知らないことがあまりに多いからです。それに、専門家になろうとすると、どこか背伸びしないといけない感じがします。それよりも、その時自分にできることをする。そのほうが僕には合っているようです。
2021年9月10日金曜日
再び「いまここ」
またまた「いまここ」について考えました。
前を見て生きることは、生きるために必要なことです。でもそればかり見ていると、「いまここ」に目がいきません。目の前においしいものがあるのに、次のことを考えていると、おいしさが半減します。ほっておいても時間は前に進みます。今回の生において、今の時間はもう二度とありません。そう考えると、前を見る時間を少し減らして、「いまここ」に自分の気持ちを置きたいと思いました。
2021年9月3日金曜日
生きることは「いまここ」に気づかせてくれる
2021年8月27日金曜日
幸せな時間を増やすために
2021年8月20日金曜日
手触りのいい傘
ある先生の講義の中で「人のなかには、(胸の前で両手でお椀の形を作りながら)ここにこころがない人がいる」という話をしているのを聞いて、それがずっと気になっていました。
先日、雨の日の朝に妻から手触りのいい丈夫な傘を渡されました。普段、僕はビニール傘しか使いませんが、その日はなぜか妻に言われたとおりにしました。それで雨の中をその手触りのいい傘をさして歩いていると、とても心地がいいのです。そのときその先生の話が思い出されて「あ、僕のこころ、今ここにある」。そう思いました。これまでの僕は、常に前へ前へ、と思って生きてきました。とはいっても、目に見えるような進歩が日常的にあるわけではありません。そのギャップがしんどくて、ものを買ったり、旅行に行ったり、お酒を飲んだり、刺激のあるものを食べたりしていました。
自分のこころがここにないと、現実とこころの場所が違うので、エネルギーを消費します。僕はそこに疲れてしまって、何か強い刺激や場所を変えるなどの強制力でもって、自分のこころをここにとどめようとしていたのだと思います。
いまここを生きる
最近、とてもよく言われている言葉です。素晴らしい言葉だと思っていたのに、実際の僕の行動は違っていました。何かを本当に習得したとき、人はそれを意識しなくなるそうです。手触りのいい傘のおかげで僕は、いまここを生きる、の入り口にはじめて立ったようです。それを意識しなくなったとき、自然に自分のこころをここに置いて生きることができるのだと思います。
2021年8月13日金曜日
自分を肯定することと、過信することは紙一重
2021年8月6日金曜日
2021年7月30日金曜日
謙虚と感謝の気持ちを忘れずに
先日のプロフェッショナルは漫才講師の本多正識先生でした。お笑いの世界で食べていくことの厳しさ、その道を極めたいという熱い気持ち。その生徒たちを愛情いっぱいで精一杯教える本多先生。本当に感動しました。感動しすぎて、録画したものを10回は見たと思います。本多先生の本まで読んでしまいました。それらを通して一番感じたのは、医師という仕事がいかに恵まれているかということでした。日本では医療保険制度のおかげで、医師がもらうお金と患者さんが払うお金の間を埋めてくれます。お笑いの世界だけではありませんが、このような制度は他の業界ではありえません。しかもお笑いでは、売れなくては話になりません。吉本のお笑い養成所には1年に500人の生徒が入学して、お笑いで生計を立てられるのは数人だそうです。その競争に勝ち抜かないと、生活ができない。医師は売れなくても生計は立てられます。それらを思うと、自分は謙虚と感謝の気持ちを忘れずに、誠心誠意、精進していかないといけない。そう思いました。
2021年7月23日金曜日
2021年7月16日金曜日
人が起こると予測していることが、その人の行動に影響する
スティーブ・ディ・シェイザーという心理療法家の言葉です。
人の本質をあまりにも的確についている名言だと思います。人は自分がこうなるだろうと思った時点で、そういうものの見方、それに合わせた行動を始めるものです。精神科臨床でも、人は良くなりたいと思えば思うほど、その思いが切実であればあるほど、たしかにその人は良くなっていきます。
2021年7月9日金曜日
人は誰しも自分の存在を肯定してもらいたい
2021年7月2日金曜日
人間って、憎しみを持続できないもの
ある本の一説に出てきた言葉です。憎むことはとてもエネルギーを使うことなので、続けることが難しい。一方で、この言葉は人の中にある善良な部分を言ってくれているようで、なんかホッとします。
2021年6月25日金曜日
大切な人の役に立てなくても自分を責めなくてもいい
もしかしたらこの人は自分のことをわかってくれるかもしれない。そんな思いで恐る恐る自分の気持ちを話すことがあります。そんな時、もしもその人が自分の気持ちを分かってくれなくても、寂しがる必要はありません。なぜならその人も自分の人生をその人なりに精一杯生きていて、そこまでカバーできないことがあるからです。言うならば、自分以外の他の人の気持ちをわからないのが普通です。にもかかわらず、この人は自分の気持ちを分かってくれたと思えたときは本当に感謝したほうがいいのかもしれません。そんなことはそう多くないからです。逆にいうと、もし大切な人の役に立てなかったり、癒してあげることができなくても自分を責めなくてもいいのです。
2021年6月18日金曜日
なぜ人はいくつになっても親に褒められたいのか
なんとなくそんなことを考えてみました。幼い子どもにとって、自分ができないことができる、知らないことを知っている、身体は比較にならないくらい大きい。子供にはとても強烈なインパクトを与えます。子どもにとって親はスーパーマンのような憧れの存在になりやすい。そのインパクトは大きすぎて、大人になっても残像が残る。そんな憧れの人から褒められることは、元子どもの大人にとっても大きなことです。だから人はいくつになっても親に褒められたい。そんな気がしました。
2021年6月11日金曜日
2021年6月4日金曜日
ADHDという特性を持って大人として生きることは、きれいごとばかりでは済まない
偉人の中にはADHDが多い、ADHDの人たちには個性があり、その個性を生かしていきればいい。そんな文言をよく目にします。ところが最近、自身がADHDである著者の本の一節にこんなことが書いてありました。
ADHDの大人は、子どもの心を持ったまま厳しい大人の世界を生き残らないといけない
たしかにそうかもしれません。子どものように、いろんなことに興味を持ち、思ったことをそのまま行動に移す。そこに決して悪意はありません。ただ、それで大人の社会を生きるには簡単ではありません。実際にADHDという特性を持って大人として生きることは、きれいごとばかりでは済まないことがあるのだと思います。
2021年5月28日金曜日
人は自分の存在を肯定しながら、なんとか生きている
仕事、育児、親の介護、飼い犬のお世話、地域へのボランティア。テーマは何であっても、人は自分がいてもいいんだと思いながら、なんとか生きているのだと思います。
2021年5月21日金曜日
生きることは自由を追求していくことかもしれない
2021年5月14日金曜日
何かを為したかではなく、何を為そうとしたのか
人間の真価は、彼が死んだ時、何かを為したかではなく、何を為そうとしたのかである。
作家の山本周五郎さんの言葉です。辛い少年時代、極貧生活を経て、夢だった小説家になった山本さんは直木賞を受賞を辞退しました。
「文学とは文学賞のためにあるのではない。小説は人の楽しんでもらうためにだけ存在すればいい。芸術とは大衆のものである」
そう考えたそうです。受賞することの是非という話ではなく、人としてとても大切なことを教えてくれている気がします。
2021年5月7日金曜日
衣食、心の余裕足って、礼節を知る
2021年4月30日金曜日
必ずいつか死ぬんだから
先日、脚本家の橋田寿賀子さんが亡くなられました。戦争中に空襲を経験し、山形に来たとき、稲穂が成る姿を見てこう思ったそうです。
「一面が黄金なんです。は?これ日本?戦争があっても国が残る。まだ日本が死なない、じゃあ私も死ねない。そのときから一生懸命生きようと思いましたね。必ずいつか死ぬんだから、いま一生懸命好きなことをやって生きよう。精いっぱいいいこと、人のためになることをしよう。人の役に立つことをしよう。死を考えているからできることってあるんだと思うんです」
戦争を経験した人が偉いとか、苦労を知ってる人が偉いとか、そんな話ではありません。そのくらい生に対して崇高で謙虚なのだと思います。
戦争を経験した人はたしかにすごいですが、戦争を経験してなくても、人はその人なりに自分の人生の中で戦争に相当するくらいの戦い、危機を感じながら生きているわけです。そんなことより、橋田寿賀子さんがおっしゃるように、「必ずいつか死ぬんだから、いま一生懸命好きなことをやって生きよう」。そう思って生きることが、一人一人の人生を豊かにし、それがその周囲の人、行く末は社会、世界に広がるのではないかと思います。なにも偉そうことをしなくていい。自分の人生を一生懸命生きれば、それでいい。そんな気がしてなりません。
2021年4月23日金曜日
沖縄の天気
2021年4月16日金曜日
2021年4月9日金曜日
物事は常に両方向から見たほうがいい
古代中国に「陰と陽」という言葉があるように、物事は常に両方向から見たほうがいいんだなと思います。
2021年4月2日金曜日
見ず知らずの人にも人は救ってもらえる可能性がある
2021年3月26日金曜日
2021年3月19日金曜日
ほとんどの人の言葉には傷つかなくていい
ニーチェの言葉です。これを読むと、人は100年以上前も今も変わっていないのだと思いました。そして、わかってはいましたが改めて、ほとんどの人の言葉には傷つかなくていいんだという安心感が同時にやってきました。
2021年3月12日金曜日
2021年3月5日金曜日
人は一貫性なんてなくていい
「相手によって言うことを変えている」
「八方美人だ」
このように人は一貫性がないと批判されます。それに慣れているので、それを無意識に自分にも当てはめることになります。
「人はこうあるべきだ。だから自分はこうでなくてはならない」
自分との対話で、自分を責めるのです。
自分も他の人も、人は一貫性なんてなくていい。そう思います。なぜなら人は周囲の状況や関係性の中で変化し続け、そのおかげでこれまで生き延びてこられたからです。
2021年2月26日金曜日
もしかしたらできるかもしれないと思って取り組む
この2つはあとあと大きく違ってきます。
どうせできないと思うと、基本の視線ができない方向に向いてるので、できそうなことでもできないように見えてきます。もしかしたらできるかもしれないと思うと、基本の視線ができる方向に向いてるので、できる材料や理由に目が向きます。同じことに取り組むのでも結果が違ってきます。
2021年2月19日金曜日
名言はそのとき自分が楽なほうを選べばいい
世の中には名言がたくさんあります。でもその言葉を比較してみると、まるで反対のことを言っている場合がよくあります。たとえば、今日一日だけを見て生きることが大切だ、という言葉があります。一方で、目の前のことだけでなく長く見て生きることが大切だ、という言葉があります。これらはどちらも正しいと言えます。人は苦しいとき、一つの言葉が心を楽にしてくれることがあります。そのときにどんな言葉を選ぶかは、自分が楽になるほうを選べばいいと思います。
2021年2月12日金曜日
運命を努力で覆す
運命を努力で覆す
NHKの「逆転人生」の中で出てきた言葉です。人は運命に抗することなんてできない。それはみんながわかっていることです。でも人生で一度くらいはこの言葉を信じたくなることがあるように思います。
2021年2月5日金曜日
何を恥と感じるかで、その人間がわかる
先日の新聞で蜷川幸雄さんのことが書かれていました。恥という言葉はあまりいいニュアンスの言葉ではありませんが、蜷川さんはそれをパワーに変えて生きた方だったようです。その蜷川さんの哲学が「何を恥と感じるかで、その人間がわかる」でした。思わず、うなずいてしまいました。
2021年1月29日金曜日
何もないときにも支えになれたら
患者さんを支えている人は医療者だけではありません。一人の患者さんをたくさんの周囲の人が支えています。ただ、状況や内容によっては周囲の人に頼れない場合もあります。
「相談できるところがあるというだけで、安心なんです」
患者さんの中にはこんなことを言ってくださる方がおられます。
人は有事に誰かに頼れると思えると、心が丈夫になります。何かがあるときに支えになるのは当たり前ですが、何もない時にもその人にとっての支えの1つになる。それも僕ら医療者の大切な仕事だと思います。
2021年1月22日金曜日
勝ちたすぎるとダメですね
「勝ちたすぎるとダメですね」
石川選手の言葉です。石川選手と僕を比べるのは石川選手にとても失礼ですが、僕も同じことを思っているなと思いました。治したすぎるとダメなんです。患者さんの問題や症状を治したいと思えば思うほど、肩に力が入って、治療はうまくいかなくなります。視野が狭くなって、見えるものも見えなくなってしまうからだと思います。変な話ですが、治したい気持ちは持ちながらも、それは一旦横に置いて、その時自分ができることをする。それがいい結果をもたらしてくれると思っています。
2021年1月15日金曜日
自己愛は基本
2021年1月9日土曜日
今この瞬間にも禍福の両方がある
2021年1月1日金曜日
みなさまにとって良い一年になりますように
2021年が始まりました。明けましておめでとうございます。
世界中の人の幸せを願うなんてことは言えませんが、このブログを読んでくださっている方をはじめ、少なくとも僕が少しでも関わるすべての方々にとって良い一年になることを祈念します。