2021年5月21日金曜日
生きることは自由を追求していくことかもしれない
1964年に福永光司さんが書かれた中公新書の「荘子」はこんな言葉で始まります。
人間はだれでも自由でありたいと願う。人間がだれでも自由でありたいと願うのは、人間が現実に不自由だからである。
この文章を見たとき、心の真ん中を貫かれたと思うくらいドキッとしました。人は不自由なものです。その不自由さに慣れすぎて、それさえ意識していないのかもしれません。自由になりたい。どうすればもっとも自由に近づけるのか。それを追及していくために生きているのかもしれません。
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