子どものときから、この言葉を言われて育った。仏教では違う意味らしいが、僕は「おごってもらって喜んでる場合ではない」という意味で教わった。でも今は、それ以外の意味があるような気がする。人生で起こる困難やどうしようもなく辛いことは、ただ苦しいだけで、過ぎるのを我慢して待つしかない、と思いがちだ。でも実際はその困難から学び、次の困難に生かせる。ただ辛いのではなく得るものがある。村木厚子さんのお言葉を聞いて、そんな意味に見てきた。
2026年6月19日金曜日
2026年6月12日金曜日
普遍的なものはないと思ったほうがいい
恥ずかしながら、僕なりに「これは誰かに届くかもしない」と思ったこと、 普遍的なんじゃないかと思ったことをブログで書いて来た。でもいくら考えても、普遍的なものって世の中にはないと思う。状況、立場、考えが違うのに、いつも通じるものなんてあるはずがない。いや、普遍的なものなんてないって思ったほうが、思考が柔軟になって、人生のその時々で自分に合った答えを見つけられるんじゃないかと思う。
2026年6月5日金曜日
いつか他の人に還元すればいい
とても苦しいとき、自分よりも不幸な人を見つけると、罪悪感を感じながらも心が癒されてしまう。あの人に比べたら、自分の苦労なんて大したことない。そう思っていいと思う。いつか心に余裕ができたとき、誰か他の人に還元すればいい。
2026年5月29日金曜日
誰か肯定してくれる人を探せばいい
人生で起きるいろんなことで自分を否定され続けると、肯定してくれる人に会ったとき、その人の顔を見るだけで涙が出てくることがある。自分は間違っているのか、もうダメなのか、そんな世界に入ってしまっているからだ。だから思う。誰か肯定してくれる人を探せばいい。
2026年5月22日金曜日
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