2021年8月27日金曜日

幸せな時間を増やすために

幸せの定義は人によっていろいろあると思います。僕の幸せの定義は「自分の心が満たされていること」です。心が満たされていないと、何をしていてもどこかむなしく、本当の意味で幸せだと思えない。無駄に食べたり、無駄に買い物したり、不毛な時間を過ごしたり。薄々気づいてはいるのに、表面的に幸せだと自分に勘違いさせているような感覚とでもいうか。これは人間なら誰でもありえると思います。逆に自分の心が満たされていれば、そんなことが減ります。何をしているときが自分の心が一番満たされているのか。それを自分に尋ねる。そうすれば自分が何をすべきかが見えてくる。それが自分の幸せな時間を増やすことにつながる。そんな風に思います。

2021年8月20日金曜日

手触りのいい傘

 ある先生の講義の中で「人のなかには、(胸の前で両手でお椀の形を作りながら)ここにこころがない人がいる」という話をしているのを聞いて、それがずっと気になっていました。

先日、雨の日の朝に妻から手触りのいい丈夫な傘を渡されました。普段、僕はビニール傘しか使いませんが、その日はなぜか妻に言われたとおりにしました。それで雨の中をその手触りのいい傘をさして歩いていると、とても心地がいいのです。そのときその先生の話が思い出されて「あ、僕のこころ、今ここにある」。そう思いました。これまでの僕は、常に前へ前へ、と思って生きてきました。とはいっても、目に見えるような進歩が日常的にあるわけではありません。そのギャップがしんどくて、ものを買ったり、旅行に行ったり、お酒を飲んだり、刺激のあるものを食べたりしていました。

自分のこころがここにないと、現実とこころの場所が違うので、エネルギーを消費します。僕はそこに疲れてしまって、何か強い刺激や場所を変えるなどの強制力でもって、自分のこころをここにとどめようとしていたのだと思います。

いまここを生きる

最近、とてもよく言われている言葉です。素晴らしい言葉だと思っていたのに、実際の僕の行動は違っていました。何かを本当に習得したとき、人はそれを意識しなくなるそうです。手触りのいい傘のおかげで僕は、いまここを生きる、の入り口にはじめて立ったようです。それを意識しなくなったとき、自然に自分のこころをここに置いて生きることができるのだと思います。

2021年8月13日金曜日

自分を肯定することと、過信することは紙一重

人はときに、自分は他の人とは違う特別な人間だ、そう思うときがあります。もちろん、このような自分を肯定する言葉はとても大切です。でも一方で僕はこう思います。

自分は全体のパズルの中でのピースの一つにすぎない

自分を肯定する部分と謙虚な部分。いつもこの2つを忘れてはならないと思います。自分を肯定することと、過信することは紙一重です。ときにそれが過信に傾きやすいからです。

2021年8月6日金曜日

人は知らない間に言葉に縛られている

 自分の言葉、人の言葉。自分でも知らない間に、それに縛られています。すぐには気づかずとも、少しずつそれに気づいていけたら、今まで見ていたものが違って見えてきます。