どんな苦しい状況でも感謝している人がいる。どんなに楽な状況でも不満を感じる人がいる。人の成熟度は、ありがたいと感じられるかどうかで決まる気がする。
2026年2月27日金曜日
2026年2月20日金曜日
「くよくよ」の時間を減らす
僕は起こってもいないことをくよくよ考える癖がある。長年そんなことをしてきたので、実際どれくらいの時間を「くよくよ」に使っているのか考えてみた。数秒のものから数十分のものまで、しかも断続的にあるので、合計するとおそらく1日で1時間から2時間くらいは使っている感がある。
人生という限られた時間を何に使うのかは自分次第である。それは行動だけではない。「考え」も行動だ。むしろ、目に見える行動よりも「考え」のほうが自由度がはるかに高い。行動にはできない行動もあるが、考えるのは無限だからだ。
何を考えて人生の時間を使うのか。残りの時間も「くよくよ」で時間を使うのかと思うと、ゾッとした。まったくゼロにはできないにしても、せめて1回の「くよくよ」を数秒にすれば、1日10分までには抑えられる(と思う)。それでできた時間をもっと違うことに使いたい。
2026年2月13日金曜日
人との関係は、どれほど情の交流を重ねたかで決まる
人間関係には、一度きりの出会い、知人、 友達、先輩、後輩、恋人、夫婦、祖父母、孫、親子。その関係にはそれぞれの「意味づけ」があるだろう。だからと言って、必ずしもその人が大切なわけではない。会った回数ではない、血のつながりではない。もっと大切なことがある。それは、どれほど情の交流を重ねたか。それによって相手を思う気持ちは違ってくるのだと思う。「産んだ親より、育てた親」という言葉があるように。
2026年2月6日金曜日
やっぱり、ストーリーのない人なんていない
有名スポーツ選手の成功物語がテレビで放映されていた。昔からずっと変わらない。その人が成功を掴むまでにどれほどの努力をし、汗と涙を流したのか、というおなじみのストーリーだ。これに共感しない人はほとんどいない。
同じようなストーリーを見過ぎたせいかもしれない。すごい結果を残さない人にはストーリーはないのか、無名の人は認められないのか。そんなうがった考えが頭をよぎるようになった。もちろん、その番組を作っている人も立派な職業人だ。少しでもいい仕事をしたいから、著名人のストーリーを最大限大きく見せたくなる。作っているその人にもストーリーがあるはずだ。テレビに出ている本人も人間として成熟した人なら、自分よりすごい人がたくさんいることは十二分にわかっているだろう。わかっていないがらテレビの中でその役割を「演じている」のかもしれない。
ストーリーは有名な人だけにあるわけではない。いや、ストーリーのない人なんていない。いつも同じ結論に行きついてしまう。