2024年2月9日金曜日

人は自分だけだと思っていた感覚を誰かと共有できると救われる

先日の新聞に映画「月はどっちに出ている」「血と骨」などの脚本を手掛けた劇作家・演出家で在日韓国人の鄭義信(ちょん・うぃしん)さんの文章がありました。仕事で年に何回かソウルに行き、滞在している間は朝にサウナに行くのが日課だそうです。去年の11月末の寒い日の朝、鄭さんがサウナから出てきて汗が引かずに入り口でぼーっと出勤する人たちを眺めていたときのことです。以下は鄭さんの文章です。

かなしみでもなく、さびしさでもない、言葉で言い表せない感情が湧き上がってくる。僕はなんでこの国に生まれなかったんだろう。この国で僕は異邦人で、日本でも異邦人である。この国に呼ばれ、作、演出の仕事をすることはたびたびある。けれどたどたどしい韓国語しか話せず、生活風習も異なる僕は、彼ら韓国人俳優、スタッフたちにとってどこまでも外国人演出家にすぎないだろう。

これは僕が21歳だったときに感じたことと全く同じでした。当時の僕は大学3年生でその年の終わりの春休みにソウルを訪れました。3月初旬のソウルはまだまだ寒さが残っており、風が吹くと細い針で肌を突き刺されるようでした。お昼に少し寒さが和らぎ、時間が空いた僕は大学路という街の交差点をなにげなく歩いていました。お昼休みでたくさんの働く人たちが行きかうのを見ていると、空から僕をめがけて電気が落ちてきて、全身に鳥肌が立ったのです。咄嗟に何が起こったのか理解できませんでした。それと同時に、なんで僕はこの国に生まれなかったんやろう、韓国語を話せずここの生活習慣を知らない僕はここでは外国人、日本でも外国人。どこにも属せない自分はどうしたらいいのか。それなら限りなく韓国人に近づけるよう、韓国語を話せるようになりたい。そこから僕は韓国語の勉強を始めました。

最終的に韓国語の勉強を始めた僕は鄭さんとは違いますが、ソウルの街でインスピレーションのように感じたことは同じでした。僕と同じことを感じる人がこの世にいたことがとてもうれしくなりました。人は誰しも他の人には理解しがたい感覚を一人で抱えて生きているものです。そんな感覚を誰かと共有できたとき、人は救われます。それがたとえ直接会った人との会話でなく、本や映画を通してでも。


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