2025年12月26日金曜日

本当に必要だと思ってくれている人にエネルギーを捧げたい

 先生には元気でいてもらわないと困る

本当に時々だが、こんなありがたい言葉をくださる患者さんがおられる。ありがたすぎて、どうお答えすればいいのかわからなくなる。利用されてるだけだと解釈する人もいるかもしれないが、医者は利用してもらってなんぼの仕事である。ただし、人に軽く扱われることと、利用してもらうことは違う。

 医者を続けていて気付いたことがある。程度の差はあれ、僕のことを本当に必要だと思ってくれている人に僕のエネルギーを捧げたい。そんな患者さんのために今年一年も精いっぱい診療するつもりでいます。このブログを読んでくださっている方にとって、2026年が少しでも健康に、そして幸せになられることを願います。

2025年12月19日金曜日

睡眠は人生そのもの

 自宅のマンションのエレベーターで出会った人の中で、こちらから挨拶しても挨拶を返さない人を見るとイライラする。それはおそらく僕の生育歴が関係している。

 幼い頃、外で親父の知人に会ったときに僕が挨拶をしないと、後ろから親父の左手(左利きなので)が飛んできた。不意を突かれた僕は思わず頭が倒れてお辞儀することになり、親父の知人からは「宋さん、何もそこまでしなくても」と言われる始末。今振り返ってみると子ども心に大人が怖かったり、ぼーっと他のところを見ていたからかもしれないのに。「俺が挨拶した人にはお前も自動的に挨拶しろ」。そう教えられてきた。

 マンションで挨拶をしない人を見てイライラしてしまう自分にもイライラする。広い世の中、挨拶をしない人くらいいるだろう。最近僕はそのイライラをやめるために「あ、この人は睡眠不足なんだ」と思うようにしている。これにも理由がある。

 実はこの夏、僕は予定が過密な上に仕事をはじめやることが多すぎた。ある日の夜に寝ていると冷や汗と熱が出てきて、息が荒くなった。日中は仕事なので無理やりでも体は動くのだが、夜になるとまた熱が出る。そんな生活が1週間ほど続いた。ある休日、夕方に強烈な眠気が襲ってきて横になると、ベッドが身体にへばりついて離れなくなった。4時間ほどぶっ通しで寝ると、ほんの少しだけ体が軽くなった。それでも夜の熱は下がらず、ためしに休日を一日睡眠に費やしてみた。すると熱が下がったのだ。ここでようやく気付いた。僕は慢性睡眠不足だったのだ。振り返ってみると、渡ろうとした青信号が黄色になるだけでイライラしていた。仕事やこうやって文章を書くことへの集中力も上がらなかった。睡眠は思考と行動を決める。思考と行動は人生を決める。ふとそう思った。人生の三分の一が睡眠という物理的な話ではなく、まさに睡眠そのものが人生なのだ。

2025年12月12日金曜日

人はみんな自分の存在に気づいてもらいたい

 人にわかってもらえなくてもいい。ただひたむきに生きればいい。そうすれば良いことがある。善行は人に知られないものを本当の善行と言う。太古の昔から似たような言葉は多い。でも僕はそうは思わない。人はみんな自分がしていることに気付いてもらいたいもの。自分の存在に気づいてもらいたいもの。これは人間社会で生きる者として当然の欲求であり、生きるためのエネルギーだ。それに気づけば、自分がほかの人にどう接するべきかが見えてくる気がする。

2025年12月5日金曜日

ランニング

 4年ぶりにランニングを再開した。20年間変わらなかったズボンのサイズが合わなくなってきたからだ。夕暮れ時に大阪城公園のイチョウの木に西日が当たって綺麗だった。そこに30歳前後の太った色白の男性が体を左右に揺らせ、息をハーハーさせながら走ってきた。無精ひげに汗がついて光っていた。僕が普段、接する引きこもりの患者さんたちのことを思い出した。この男性も引きこもりから抜け出して、健康を取り戻そうと必死なのかもしれない。そう思うと、その姿が美しく見えて、なんだか僕まで元気になった。