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2025年7月11日金曜日

偉く見える人、ダメに見える人、そして自分

どんなに偉く見える人でも、どんなにダメに見える人でも、結局のところ自分と大差がない。

そう思えることは大切じゃないかと思う。自分のことをさげすんだり、人をさげすんだりしなくて済むから。



2025年7月4日金曜日

サービスを提供している人への「ありがとう」

 これは僕の偏見だと思う。レストラン、電車、飛行機、いろんな場所でサービスを受けている人の口から「ありがとう」という言葉が聞こえてくる。当たり前の話だ。ただ僕は初対面の大人への挨拶として「ありがとう」はどうしても上から目線に聞こえて、いつも違和感を覚える。そこは「ありがとうございます」だろうと。自分はお客さんだから、お金を払ってるからという意識なのか、その人の言葉遣いが普段からそうなのか。理由はわからない。サービスを提供する人も受ける人も平等であること。これは大切なことではないかと僕は思う。

2025年5月16日金曜日

その人の「持ちもの」と人間性は関係ない

~の仕事をしている、~大学を出た、~っていうすごいことができる、~っていう有名人と友達。

ネタは何でも同じだが、人はどうしてもこういうものに弱い。もちろん僕も。ずいぶん前のことだが、仕事でとても尊敬していた人が些細なことで攻撃的な発言を始めたとき、愕然とした。本当にショックだった。僕はその人への尊敬の念が強すぎて仕事ができるから人間的にも素晴らしいのだと信じ切っていた。それよりもっと前には職業や学歴がすごい友人を見て、人間的にもすごいのだと勘違いしてショックを受けたこともあった。

職業も学歴も特技も知人も、果ては身体的な外見、身に着けている時計、車や家や住んでいる地域も、すべてその人そのものではなく、その人の「持ちもの」に過ぎない。でも人はどうしてもその人の「持ちもの」に目を奪われてしまう。中には自ら自分のすごさ(持ちもの)について語りだしたり、人に見せたがる人がいるが、そんな人で本当にすごい人を僕は見たことがない。その人の「持ちもの」と人間性は何の関係もない。人に会うときはこれを忘れないでいたい。

2025年3月14日金曜日

歳を重ねることは想像力がつくこと

 先日、レストランで大声で店員さんに怒鳴っている若い人を見て、僕の横にいた年配の方が「若いな」とぼそっとつぶやいていた。自分のことを思い出した。30代前半のころ、お店で店員さんの態度に僕が怒って父に愚痴っていると父から「それくらいええやないか。そんなことで怒ってどうするねん」と諭されたことがあった。当時の僕は間違ってるものは間違ってると確信していたので父の言葉は僕にはまったく響かなかった。でも年齢が上がってくると、相手の背景や事情、怒ったあとの自分へのストレスやその後の流れを想像するようになり、その瞬間は腹が立ってもそれを維持することが馬鹿らしくなった。すると許せる範囲が勝手に広がった。

個人差はあるだろうが、歳を重ねるということは想像力がつくことなのだと思う。

2025年2月28日金曜日

人は矛盾していてもいい

徹頭徹尾、考えと行動が一貫してる人なんてこの世にいるんだろうか。矛盾の中で葛藤しているのが人だと思う。

2025年2月7日金曜日

大人の定義

 15年ほど前だろうか。伊集院静さんの「大人の流儀」を愛読していた時期があった。今振り返ると、大人になりたかったのだと思う。大人の定義ってなんだろう。人それぞれあるのは当然にしても、僕にとって大人とは視野が広い。人は心に余裕がなくなると、自然と視野は狭くなる。見る角度の数が減る。逆に、心に余裕があると視野は広くなる。見る角度の数が増える。でも僕が見て来た本当の大人って心に余裕がないはずの時でも視野が広いまま(見る角度が多いまま)でいられる人。そんなことを考える僕はいまだに大人になりたいのだと思う。

2024年11月1日金曜日

見知らぬ人に不親切にするなかれ。変装した天使かもしれないから

マンションのエレベーターに乗っていると、いろんな人に出会う。僕が急いで乗ろうとするときちんとドアを開けて待ってくれる人、逆に急いでドアを閉じようとする人。とても愛そう良く挨拶してくれる人、完全に無視する人。ほんの数十秒だがとてもいろんなものが見える時間だ。

そんなときはいつも思う。僕だって余裕がないときは不親切な行動をしているのだろうと。そんなとき、こんな言葉に出会った。

見知らぬ人に不親切にするなかれ。変装した天使かもしれないから

心の奥のほうで固くなっていたものを解きほぐしてくれたような気がした。

2024年10月25日金曜日

専門家ほど人の話を聞かない

専門家が専門家であり続けたいなら、人の話を聞く姿勢を失ってはいけない。ふとそんなことを思った。

2024年8月30日金曜日

人のことを簡単に笑うものではない

 仕事帰りに歩いていると、30代のお父さんと思われるパーマ頭の男性が自転車の後ろに子供を乗せて、左手にスタバのコーヒー、右手にスマホ、器用にもそれでハンドルを握り、よく見るとイヤホンまでしているのだ。思わず吹き出してしまった。この人はこんなにも同時にいろんなことがしたいのか。

 その翌日、休日だった僕はコーヒーを飲みながらゆっくり新聞を読んだ。そこまでは良かった。昼からゴルフの練習に行き、スーパーに買い物に行き、気になる眼鏡があったのでそれを見に行き、家に帰ってきたら依頼原稿が気になって書き出し、一息ついたので録画していた歴史番組を見た。夕食後、パソコンを取り出してまた原稿を書こうとすると家内から「いいかげんに休んで!」と言われた瞬間、吹き出してしまった。昨日の30代のお父さんと僕は何が違うのか。1日でこんなにもたくさんのことをしていたのだ。人のことを簡単に笑うものではない。

2024年8月2日金曜日

人は自分の大きさを誇示したがる

 秋元康さんが作詞された「365日の紙飛行機」という曲の一説にこんな言葉がある


人生は紙飛行機(中略)

その距離を競うより

どう飛んだのか、どこを飛んだのか

それが一番大切なんだ


疲れているときにこの歌詞が耳に入ると、ふっと涙が出る。知らない間にその競争に自分も参加しているのだと思う。それにきづいたとき自らを恥じるのだが。

人は自分の大きさを誇示したがる。いつかそんなことをしないで生きられるようになりたい。


2024年7月26日金曜日

タクシーでの独演会

 僕はタクシーに乗るとどういうわけか運転手さんに話しかけられ、いや正確には独演会をされることが多い。

 先日も札幌でタクシーに乗って行き先を告げると「北海道の方ではないんですね、どちらの方ですか?」と話しかけられ、大阪ですと答えると「関西弁っぽくないですね」から始まり、大阪城に行ってみたいという話、枚方にアイヌ民族の首長のお墓がある話、果ては日本の歴史、今の政治にまで話が及んだところで目的地に到着。この日は約20分間の独演会となった。その間、僕がしたことと言えば「そうだったんですね」「お詳しいんですね」の二言を繰り返すのみ。

 いつも家内から「お願いだからタクシーでは黙ってて」と注意されるのだが、話しかけてこられるのに黙っているわけにもいかない。疲れないかと言われれば嘘になるが、機嫌よく話をしてくださると降りるときの気分もいい。

 もちろんタクシーの運転手さんは一人の時間が長いということもあるのだろう。それにしても仕事以外で初対面の人からこんなにも長く話をされる場面は僕の生活にはない。同じような経験をされている方は多いのではないだろうか。

2024年7月19日金曜日

自分が思っているほど相手に悪意はない

 人の行動や言動を見ていて、自分にはとても理解できず、「悪い」と解釈することがある。でも後から詳しく聞いてみると、実は悪気はなかった、気づいてなかっただけ、一生懸命した末に悪い結果になってしまった、みたいなことをしょっちゅう経験する。悪意がある人はいないとは言わないまでも、自分が思っているほど相手には悪意がないのだと思う。

2024年7月12日金曜日

人の悪口ではなく、人の良い部分を話す人と付き合ったほうがいい

 テレビで聞いた言葉です。

どんな人と付き合うのかはどうしても判断を誤ることがあります。この言葉のおかげで、気持ちがどこかすっきりしました。


2024年6月28日金曜日

人に助けてもらう経験が人を助ける経験につながる


 日本で一番大きな精神科の学会が札幌であり、この学会では14年ぶりに発表をした。学会発表には大きく2つあり、一つは口頭発表、もう一つはポスター発表である。

 今回ポスター発表をすることになり、背の低い僕が横幅90㎝、縦幅150㎝のポスターを椅子に上って一人で貼っていた時のことだった。見知らぬ男性が来られて「一人で大変ではないですか?お手伝いしますよ」と声を掛けてくださった。思わず「こんな優しい方がおられるんですね」と口走ってしまった。僕がポスターを持ち、その方が画鋲をご自分の掌に載せて横に立ってくださった。ポスターの前で写真まで撮ってくださった。名札を見るとその方はある製薬会社の社員さんだった。でもそこには何の打算もなく、ただ人を助けるという姿勢が感じられた。

 お礼を言って別れたあと、会場を歩いているとさっきまでの僕と同じように一人でポスターを貼っている方を見かけ、僕はすぐに駆け寄りお手伝いすることにした。

 もしあの方にお会いしなかったら、すぐに駆け寄ったりしただろうか。僕の人格レベルでは疑わしい。人に助けていただいたおかげで、僕もほかの人を助けたいと素直に思えた経験であった。

2024年5月10日金曜日

人の親切を物で返したら、もらったことにならない

日経新聞の最終面に「文化」というコラムがある。そこにあった話である。

沖縄本島の本部半島の沖合にある伊江島は1955年からアメリカ軍による土地の接収があったそうだ。銃とブルドーザーでアメリカ軍が入ってきて想像を絶する過酷な環境の中で伊江島の人たちは互いに助け合って生きていた。どこかの家で冠婚葬祭があれば人々が料理をはじめ必要なものを持ち寄った。してもらったほうはお返しをしないらしい。「人の親切を物で返したら、もらったことにならない」からだと言う。人は生死のかかった困難を共にするともっとも美しくなれるのかもしれない。

2024年5月3日金曜日

人はみな平等

 先日のクローズアップ現代でカスタマーハラスメント(カスハラ)をやっていた。

いつの日からだろうか。日本では「お客様は神様」が加速していった。自分の思い通りにならないと気が収まるまで従業員や企業の対応者に怒鳴る顧客。「こっちは客だぞ」、「誠意がない」、「それをなんとかするのが仕事だろ」。顧客も容易ではない人生を生きており、個人的に辛いこともあるだろう。でもそれをぶつける対象が目の前にいたお店の従業員というのは違うと思う。もちろん企業側に明らかな過失がある場合は別である。そうでない場合でも企業に苦情を続けているのを見ると、今の日本は顧客優先主義に振り切れてしまったように思う。クローズアップ現在によると今はカスハラ被害にかかる弁護士費用を補償する商品を保険会社が販売したり、欧米では企業のルールが優先され、そのルールを守れない顧客には企業側から取引を終了するそうである。

顧客が人間であるように、従業員も企業の運営者も人間である。人はみな平等であるという当たり前の基本に立ち戻っていく必要があると思う。

2024年4月5日金曜日

人々は有名な人のストーリーを知りたがる

沢木耕太郎さんのエッセイに、世界は「使われなかった人生」であふれてる、というのがある。人々は有名な人のストーリーを知りたがる。無名の人が自分のストーリーを語っても人は聞いてくれない。人口全体では無名の人のほうが多く、トータルでは大きなことを成し遂げているはずなのに、である。

この春からNHKで「新プロジェクトX」が始まるらしい。プロジェクトXが放送されていたころ、僕は大学生だったように思う。ひたむきに愚直に一つのことを成し遂げようと奮闘した人たちに感動した記憶がある。大きなことを成し遂げたはずなのに、光が当てられていなかった人々に光を当ててくれるからである。

人への判断基準は昔から人格よりも有名か無名かが用いられてきた。その価値観に警鐘を鳴らしてくれる番組である。そう考えるとNHKのプロデューサーはすごいと言わざるを得ない。72時間、逆転人生、バタフライエフェクト。僕が知っているだけでも素晴らしい番組はたくさんある。こんなアイデアはどこから来るのかと感服する。いつか視聴者の目には見えないNHKのプロデューサーや番組制作スタッフの努力に光を当てる番組を作ってほしい。

2023年7月7日金曜日

駅で男同士が別れるとき

 先日韓国に行ったとき大きなターミナル駅で僕は親戚の兄さんが来られるのを待っていました。兄さんの電車が遅延して、暇ながらも待つしかないのでただただそこにいる人たちを見ていました。久しぶりの再会を喜ぶ人たち、しばらく会えなくなると別れを惜しむ人たち。その中に50代くらいに見える中年男性の友達同士が別れの挨拶をするが目に入りました。日本に比べれば、韓国では同性同士でも抱き合い、手をつなぎ、人対人として愛情表現をはっきりとします。駅まで送りに来た方の男性が友人を抱きしめて頬にキスまでして、見送っていました。空気感から同性愛というものではなく、本当の親友との別れを惜しむ姿でした。抱擁とキスを受ける友人も恥ずかしがりながらもとてもさみしそうに見えて。その後、お互いが身体が離れて手を振った後、お互いをまた振り向いて見るのかと思えば、二人ともすぐに目的の方向をまっすぐに向いて歩き出すのです。僕ならもう一度相手の姿を見て、目を合わせたくなるのに、それをしないで別れたあとは潔い。これが男同士の別れなのだと感じました。お互い内心でやせ我慢しているはずなのにそのそぶりは一切見せない。50年以上の人生の中でこれまで何度となく別れを経験したことで、引きずると自分がしんどくなるのがわかっているかのように。その数分間にいろんなことを思いました。

2023年5月26日金曜日

人が感動するのは手間をかけたもの

去年のお正月にふと小説が書きたくなって、去年の1年間小説を書く学校に通っていました。そこには入学式というものがあり、プロの小説家やセミプロの講師の先生が新入生に激励の言葉をくださいます。そこである先生がこんな言葉を言っていました。

いい小説とは手間ひまかけたもの

この言葉は僕のようなど素人が実際に小説というものを書いても、痛感させられるものでした。でもこれってよく考えると、どんなものにでも言えることなんじゃないかと思いました。文章はまさにそうですが、芸術、料理、サービス、人がしたものに人が感動するのはすべて、人が手間をかけてきたものなのです。その手間ひまに思いを馳せたとき、人は感動するのだと思います。

2023年4月21日金曜日

余部鉄橋

 僕は以前、兵庫県の北部の豊岡市にある公立豊岡病院で1年間だけ勤務していたことがあります。つい先日のNHKの「小さな旅」で、余部鉄橋が出ていて、そのときのことを思い出して懐かしくなってとても楽しく見させていただきました。当時僕が働いていたNICU(新生児集中治療室)の看護師長さんが余部の出身の方だったことを思い出したからです。

「小さな旅」の中で、1912年に余部鉄橋ができて、当初は鉄橋に駅がなかったので余部の方々は山に登って鉄橋をつたって隣に駅まで2km歩いて通学、通勤をしていたそうです。それが1959年に地元の人たちが力を合わせて、それこそ小学生たちは材料の石を運ぶなどして駅を作ったそうです。地元の人たちが力を合わせて町を発展させることは珍しいことではないかもしれませんが、このエピソードは47年間も駅がなかったことを考えると、地元の人たちの世代を超えた積年の思いが多くの人の心を動かしたのだと思います。