先日のNHKのドキュメント72時間は日本海のフェリー船の話だった。その中で70代の女性がこんな話をされていた。
お店で不愉快な店員さんがいたら、笑顔で「ありがとう、すごいかわいいのね」って言ったら笑顔をくれる。幸せになるためにはいい言葉を出す。いい言葉を出して、いい言葉をもらう。
僕などは不愉快な店員さんがいたらスルーするのが精いっぱいだが、人生を長く生きておられる方は違うなと思った。不愉快な人の気分をよくさせて、自分も気分をよくさせてもらう。生きる知恵とはこんなことを言うのだと思った。
先日のNHKのドキュメント72時間は日本海のフェリー船の話だった。その中で70代の女性がこんな話をされていた。
お店で不愉快な店員さんがいたら、笑顔で「ありがとう、すごいかわいいのね」って言ったら笑顔をくれる。幸せになるためにはいい言葉を出す。いい言葉を出して、いい言葉をもらう。
僕などは不愉快な店員さんがいたらスルーするのが精いっぱいだが、人生を長く生きておられる方は違うなと思った。不愉快な人の気分をよくさせて、自分も気分をよくさせてもらう。生きる知恵とはこんなことを言うのだと思った。
マンションのエレベーターに乗っていると、いろんな人に出会う。僕が急いで乗ろうとするときちんとドアを開けて待ってくれる人、逆に急いでドアを閉じようとする人。とても愛そう良く挨拶してくれる人、完全に無視する人。ほんの数十秒だがとてもいろんなものが見える時間だ。
そんなときはいつも思う。僕だって余裕がないときは不親切な行動をしているのだろうと。そんなとき、こんな言葉に出会った。
見知らぬ人に不親切にするなかれ。変装した天使かもしれないから
心の奥のほうで固くなっていたものを解きほぐしてくれたような気がした。
今年も日本家族療法学会に参加してきた。そこで訪問診療をされているクリニックが複雑な環境にある家族全体を必死でサポートされた内容の発表を聞いた。
どんな学会に行っても思うことだが、発表内容はこんなことができた、こんなことがわかったなど、ともすれば自らのすごさのアピール合戦の様相を呈しがちである(それに僕も加わっているのだが)。新しい知識は得られるものの、どこか虚しさが残る。すごさのアピール合戦は学会なのだから当然ともいえるが、人の心を打つのはすごさではなく、ひたむきな人の姿なのだと思った。すごい発表も大切だが、ひたむきな人の姿のほうが僕は好きだ。
この数年だろうか、臨床についての短文の執筆や教育の依頼の話をいただくようになった。以前の僕なら「自分はまだそんなレベルじゃない」とお断りしていた。ところが最近は我慢できる体力がなくなってきたのか、自己否定にそろそろ嫌気がさしたのか、そのような依頼を受けるようになった。
自分は何をしたいのか。ずっと考えてきた。執筆と教育は臨床と並んで僕が人生で本当にしたいと思ってることだ。それを考えているとき、ふとこんな言葉が浮かんだ。
人生はやりたいことを我慢するほど長くない
でもこれってどこかで聞いたことがあるなと思った。調べてみると「我慢して生きるほど人生は長くない」という題名の本があった。この本は読んでいないので僕が感じていることと本の内容が同じかはわからない。でももしかしたら僕はどこかでこの題名を見て思いついたのかもしれない。それでもいい。自分の言葉なのか他の人の言葉なのかが大切なのではない。今の僕の心に響くかどうかが大切である。
我慢して生きるほど人生は長くない
それにしてもいい言葉だ。